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MCR「貧乏が顔に出る」売っぱらう記憶の切なさ

ちょっと遅くなりましたが、10月25日ソワレで、MCRの本公演、「貧乏が顔に出る」を観てきました。

会場のシアターMOMOに行くのは初めて・・・。お隣のポケットもよい劇場ですが、この劇場もとても魅力的。素敵にコンパクトでとても見やすい・・・。その中で演じられる風変りな口語劇に時間を忘れて引き込まれてしまいました。

(ここからネタバレがあります。十分ご留意くださいませ)

MCRの芝居には、見るたびになんとも不可思議な満足感があります。近くでは「シナトラと猫」もそうだったし「マシュマロ・ホイップ・ウェーブ」の時にもそうでした。ちょっと過激でどこかずれた会話、これがたまらなくよくて・・・。それだけじゃないのだけれど、というかいろんな色をあふれるほど感じるのだけれど、最後に劇場をでると、舞台上で交わされる会話を聴いての満足感に戻ってしまう。役者の方たちの会話がそれほどに心にのこるのです。すごいセリフを言っているわけではない。あひるなんちゃらがいう駄弁に近いような気もする。でも、そのセリフって舞台が表現するものをたっぷりと吸い込んでいるはんぺんのようなもので・・・。

今回の作品でも、冒頭の櫻井智也と黒岩三佳のやりとりにほれぼれしました。まあ、ぼけと突っ込みの豊かさに引き込まれているうちに、舞台上の世界が刷り込まれてしまっている。手品のようにすら思える。

MCR流の現代口語演劇について主宰の櫻井氏はパンフレットに、しらっと「現代(今現在)口語(こういうしゃべりかた)演劇(見せ物)」という目の覚めるような解説をしていましたが、ベースにはまさにそういう雰囲気があって、MCRの舞台では、その現代口語演劇が見事に機能しているのです。

その、無駄にも思えるようなボケと突っ込みのなかにある種の切なさが醸成されていく。日々の時間を染める粒子のようなものが舞台全体を満たしていく。

連れてきたというお地蔵さんの設定が本当に秀逸。そこから派生する物語にぞくっとするほどシュールなリアリティがあって。記憶を金に換え慰安に費やしていく、そのどうしようもなく自堕落な感覚と、そこから浮かんでくる櫻井演じる男の価値観にぞくっとくる。

アパートから抜けだせない人たちや、そこに引き込まれさえする人々から伝わってくるある種の諦観から、今の世の中の感覚がしっかりと伝わってくる。さらにやってくるチープな悪や情けないセールスマンが提示する富と実生活との距離感、さらには抜け出せない生活のなかで脱力していくことの居心地のよさまでが、彼の記憶を失っていく姿の背景に見事に描き出されて・・・。

やがて世界が破たんしたとおもいきや、ラストシーンにその時間の継続が表現されて、さらにどうしようもない逃げ場のなさと慰安を心に刻まれるのです。櫻井智也が切り取った、日常の感覚がじわっと染みいってくる感じに、ふっと心が震えるのです。

役者のこと、それぞれに力があって、それゆえに舞台全体に観客が入り込めるなにかを感じるのでしょうね・・・櫻井智也は本当に持ち味全開でした。強さといい加減さの裏側にある純粋な部分が包み込むように客席に伝わってくる。黒岩三佳も持ち前の突っ込みにいつもにも増しての輝きがありました。北島広貴の不器用さもうまいとおもいました。中川家兄をおもいださせるような演技に不思議な実存感があるのです。それをしっかり受けた渡辺裕樹にも概念を作る力を感じました。江見昭嘉がまっとうな世界から舞台上の世界に来たがる櫻井の弟も、なにかすごく存在感があって・・・。

おがわじゅんやの存在感の薄さも良い演技だったと思います。存在感が薄くても黒岩の芝居に染まらないところもよい。そこに設定されたカップルの空気がしっかりと出ていたような・・・。中川智明と櫻井のからみにも妙な説得力がありました。立場と距離感の表現が絶妙なのです。

上田楓子の演技にはフレキシビリティがあって観ていて安心感がありました。小野紀亮の抑えた演技に乗りながら、一方でちゃんと支えている部分もあったりして・・・。15minutesに出ていた時にも思ったけれど、演技に包容力のあるよい女優さんだと思います。

福井喜朗は怪演、無理やりの存在場所をしっかり確保する力に瞠目。宮本拓也はあひるなんちゃらに客演していた時とどこか共通する乱入系の演技でしたが、この人が演じると妙に舞台に収まるところが不思議(褒め言葉)でした。

そう、今回も感じたこと、うまく言えないのですが、なにかぎゅっとつかまれるような感覚がMCRにはあるのです。柔らかくしっかりと心のどこかを染められるような・・・。それは作・演出の櫻井智也に宿っているなにか・・・。観ていて笑えるような作品でもないのですが、笑いに包まれながら心が浸潤されていく・・・。なにげにいろんな伏線もしたたかに機能していて、その感覚をさらに高めていく。

MCRの作品って観ていてずっとそういう感覚があって、次の作品もきっと観てしまうような何かがあって・・・。

やっぱり個々の作品ごとに何かを受け取っているのでしょうね・・・。今回も取り込まれるようにいろんな感覚を反芻しながら駅までの道をたどったことでした。

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