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「偶然の音楽」繋がれる重荷と軽すぎる自由

9月19日、世田谷パブリックシアターにて「偶然の音楽」を観ました。柴田元幸翻訳を元に白井晃が台本・演出した作品、再演だそうです。

(ここからネタばれがあります。十分にご留意の上お読みください)

導入部分の演出がまず目を引きます。人が歩く姿に空間と時間の流れが次第にフォーカスが整うように現出し、主人公、ジムの背景が浮かび上がってくる。消防士であること、妻との離婚や姉に預けた子供のこと、そして音信不通の父の死と、姉と半分ずつの残された遺産。それでも1年以上遊んで暮らせるような金額・・・。

遺産はジムを日々の生活から解き放ちます。新車を買って、偶然昔の恋人に出会って・・・。解き放たれているがゆえに出会い、その恋人に去られて・・・。錨を忘れた舟のようにただよいながらお金が消費されていく・・・。そして遺産が底を尽きかけた時に、一人の若者、ジャックと出会うのです。彼はポーカーの天才で、大金持ちになった兄弟と勝負をして儲けたいという・・・。しかしその元手を奪い取られ道端に倒れているところを主人公に拾われて・・・。

大金持ちの存在は暗示的です。日々の生活のなかで買い続けたロトで史上最大の賞金を当てて、さらにそのお金を増やし続けているという・・・。彼らが見せる街の模型が象徴的です。詳細な町の姿をひとつずつ何年もかけて作っているという・・・。そのミニチュアの街を作ることに人生をかけている。

最初は勝っていた勝負も、ジムが席をはずして箱庭を眺めているうちに流れがかわり・・・・。大金持ちとの勝負に負けて持ち金をすべて使い果たした彼らは、車を取られ借金までかかえることになります・・・。そして、その借金の返済の代償に大金持ちの館の一角に石の壁を築くことを命じられます。

ひとつ数十キロもある意思を運んで積んで、600m十段の壁を築く作業を二人きりで行うことになるのです・・・。時給が定められ、その時給で借金が弁済されていく・・・。

石積みが始まるまでは、世田谷パブリックシアターの舞台の奥行きを利用して(しかも客席の何列かをつぶして)深さをもった空間で物語が描かれていきます。空間の密度にある種の見晴しと希薄さがあって、主人公の行き場のなさが浮き立ちます。ジム役の仲村トオルはしっかりとコントロールされた演技でその空気の薄さに苛立ちながら崩れて行く姿を実直に演じていくのです。その空間に溺れていく姿となじみきれない異質さのようなものが同時に彼から伝わってくる・・・。一方パートナーとなったジャックを演じた田中圭からは広い空間の潮流にただようすべを知る才のようなものを感じる・・・。

舞台の後方が闇に閉ざされ閉じ込められた空間で石積みの日々が始まります。壁が作り上げられていく段階で共通の目標を得て共通のよりどころになっていくふたり、広い空間を漂うのではなく、何かに繋がれて約束が守られていく時間・・・。その境遇に怒り、互いを責めても、繋がれた状態で生きていくしかない・・・。彼らと一緒にいる見張りの男は銃をもっているのです。

やがて、当初の期間が終わり借金を返済したと信じた時、実は食事代や完済パーティに呼んだ娼婦の費用がなどが差し引かれていたり・・・。そこで若者は逃げ出すことを選択し、主人公はその場にのこって追加されたような借金を弁済する道を選びます。再び広い空間の時間の流れに乗ろうとする若者と、その時間に漂うことを拒否した主人公・・・。若者は翌日死に至るような暴行を受けて壁の上に戻され・・・、そして病院に運ばれて安否がわからなくなります。自らの借金返済期間を延ばしてまでも娼婦を呼んで、若者の安否を確認しようとする。娼婦は連絡をすると約束をする。でも守られるとは限らない・・・。。「あなたは約束をする。でも守られるとは限らない・・・。」それは別れた恋人がジムに残した言葉・・・。

彼はさらにひとりで石を積み始めます。孤独に苛まれ、むしろ石を積むことだけが彼を支えているよう・・・。季節は夏を過ぎ、秋を越えやがて冬にいたる・・。気がつけば、監視の男はもはや銃をもたず、甥を呼び寄せたり逃走に使われるかもしれないジープを使うように提案したり・・・。むしろ仲間に近くなっていきます。

そして、借金が本当に完済されて、彼をつないでいた鎖が外れた日、主人公は監視人達とともに街にでる。帰り道、再び解き放たれた彼は・・・。

答えは観客にゆだねられるのです。

率直な感想・・・。よくできた芝居だとは思います。空間の活かし方や人や石を使った時間の表現には洗練を感じるし、心に残るセリフが本当に効果的に使われている・・・。前半のジムの虚無感のようなものが沁みいるように伝わってくるし、ジャックの持つ表層の薄っぺらさといらだちの感覚もその向こう側に背負っているであろう影とともに厚みを持って伝わってきます。あざとさのない伏線が役者たちの演技のなかで着実に機能していくし、支える助演の役者たちの演技も溜息がでるほど安定している。

ただ、惜しまれるのは、仲村トオルの演技の自らを表現する部分と相手の演技を受ける部分にかなりのギャプがあること。すべての部分ではないのですが、ジャックに白のスーツをしつらえるところや、最初に娼婦とジャックと3人になったところなど、何箇所かで演技のベクトルが消えて、共演者の芝居が宙にいるように感じました。しっかりと安定した感情表現が随所で観客を引き寄せているだけに、逆になにか目立つのですよ・・・。十分にスタンダードを満たしてはいるのだろうけれど、この部分がふさがれると、さらにクオリティの高いお芝居になっていくのだと思います。

他の出演者は、三上市朗、大森博、小宮孝泰、櫻井章喜、初音映莉子、岡寛恵。それぞれに手練の演技をみせていました。特に三上市朗のキャラクターがもつ達観したような感じはとても印象に残ったし、岡寛恵がジムから離れていく時の演技には強い説得力があって心にのこりました。また田中圭には役者としての天性のものを強く感じたことでした。

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終演後トークショーがありました。観客の質問票にこたえるという形での最初の部分も、参加した仲村さん・田中さんに加えて演出の白井さんの個性がにじみ出ていておもしろかったのですが、当日観客として劇場にいた翻訳の柴田元幸氏がトークに参加して興味が一気に増しました。一つの作品を小説の訳で表現する柴田氏と、演劇に移植して舞台空間に具現化しようとする白井さん、さらには自らが演じることでその世界の内側に身をおく仲村さんと田中さん。それぞれの視座から語られる作品の重なる感覚と異なる感覚の差異に、作品の持つ普遍性とそれを浮かび上がらせる原作の力が浮かんできて・・・。30分の予定が45分に伸びた白熱のトークショー、伸びた時間をさらに超えるだけの内容がありました。

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