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空間ゼリーLABO「月なみなはなし」ダイレクトにやってくる役者の演技

9月14日、桜台「再夢来」にて空間ゼリーLABO公演、「月なみなはなし」を観てまいりました。

作:黒澤世莉。このお芝居自体は「時間堂」にて初演され、その後時間堂で再演されたほかいくつかの劇団で上演されているとのこと・・・。

今回は空間ぜりーなどの演出を手がける深寅芥が主催するワークショップ生の自主公演として上演されました。

(ここからはネタバレがあります。十分にご留意ください)

会場に入ると、舞台の中央ではキーボードを弾く女性、練習のような感じで奏でられるちょっとだけ拙いところのある音楽が会場の空気をやわらかくふるわせます。音楽が流れていると、それだけでなにかリラックスできる・・・

やがて出演者が登場して、くじ引きであたりを引き当てた人が話をするような趣向があって・・・。会場と客席の距離感がさらになくなったところで役者たちが自らの名前と役名を告げて・・・・。ちょっとチェルフィッチュを思わせるような雰囲気で舞台が始まります。

物語は近未来、月への移住を希望する人々の話。最初は移民試験に落選したグループの残念会だったはずが、移民局のような組織から、一人だけ欠員がでたのでグループで一人だけ移民をする代表を選出するように言われて・・・。代表を選ぶ作業を中心に話が進んでいきます。

戯曲はシンプルでわかりやすく、なおかつしたたかです。代表の選考方法をめぐるせめぎ合いから削除法で人を絞っていく過程まで、時間の制約と暗黙のルールに支配されながらグループの作業が進んでいきます。ひとりずつ選考から排除していくというやりかたや、その過程すら実は月移民を選定するひとつのテストだという意識をその場に支配させることで、物語は不必要にとり散らかることなく、抑制された登場人物個々の性格や思いが、まるでカードを一枚ずつめくるようにあからさまにしていくのです。さらにはグループと直接関係しない女性がひとり討議にはいっていることや、討議から抜けたグループメンバーの恋人の存在などが、グループ全体の連帯感、カップルのそれぞれの思いなどを一層浮かび上がらせていく・・・。厳然としたグループ内のルールと個々の事情や思いが絡み合いながら、物語全体が熱を含み広がっていきます。

演出の深寅芥は、タフな舞台を設えてこの物語を紡いでいきます。パーティルームのような空間に折りたたみ椅子などを並べた客席、客電が完全に落ちるわけではなく、舞台が特別に照らされるわけではなく・・・。けれんも、隠されるものもない舞台で、刻まれていく時間の緊迫感や登場人物の月への想いが生のまま客席にまで伝わってきます。喫煙所の会話がメインの場所に聞こえにくいということくらいが演劇的なお約束で、それ以外は役者がそのままなにも足さずなにも引かずに観客に晒される・・・。もちろんこのことには功罪があって、日ごろ、照明や音響で満たされた舞台に慣れている観客にとっては、舞台上の観る方向を一瞬探してしまったり、役者の表現が重なり合う時のざらざら感のようなものをより強く感じたり・・・。しかし、役者の演技が真摯であれば、その真摯さもダイレクトに伝わってくるのです。

役者の演技には見ごたえがありました。狂言回しというわけでもでもないのですが、物語を前に進めていく役割を演じた大川智弘には空間をゆったりと取り込むような存在感があって、彼が作るペースが舞台のトーンを作り維持していたように思います。彼が表現する登場人物の想いはゆっくりはっきりと伝わってきて、観客側で大きく広がるような印象がありました。彼の表現する実直さはボディブローのように効いてくるのです。彼のパートナーを演じる西田愛李も実によかったです。前回「IdoIwant」のときにも表面的な表現と異なる芯の強さの表現に目を奪われたのですが、今回はその芯の強さにある種の繊細さが加わっていて・・・。彼女の演じるキャラクターの表面に芯の想いがゆっくりと染み出すように現れる部分にはぞくっとするほど引込まれたし、物語の最後近くに表れる、パートナーとともにその場所を離れたいという想いに強い実存感を感じることができました。

西田とともに「IdoIwant」の出演組の北川裕子には今回も強い集中力を感じました。舞台上に安定した居場所を与えられていない難しい役柄でしたが、そのグループに入り込んでいく力加減が絶妙で・・・。高いコンセントレーションで彼女自身の存在を微妙に出し入れして、次第に物語に溶け込んでいく。物語の中で一番違和感を与えかねない役回りを落ち着いて演じきっていました。また、物語の中心が本人以外にあるときにも彼女はしっかりと演技をしている・・・。これは以前の舞台でも感心したのですが、彼女が舞台上にいることで、舞台の空気の密度が繊細にコントロールされている印象もありました。

川嵜美栄子には演技の切れがありました。表層的な部分が大きい彼女のキャラクターは一つ間違えれば混濁した印象になってしまうと思うのですが、想いの深度が場面ごとにコントロールされていて、場面ごとの彼女の色をベタにならずに感じることができました。しいて言えば、ほんの少しだけ演技が走るように感じる部分が彼女にはもあるのですが、それも勢いといえないこともないレベルだったように思います。勢いという意味では、鈴木智博にも勢いがありました。トップギアに入った時に若干芝居が乱れはするのですが、キャラクターが持つある種の身勝手さのようなものがとてもよく表現されていたと思います。

早坂真純の演技には抜群のセンスを感じました。まっすぐに伝わってくる想いには質量と透明感があって、観る者を直球で彼女の世界に染めてしまう。台詞の間のようなものがものすごくよいのです。誰かと会話をしているときも、全員に語りかけているときにも、台詞がエッジの効いたタイミングでびしっと受け渡されている。彼女からやってくる想いには、観客の感覚を客観から主観に変えるような力もあって・・・。また、北川同様、物語の中心が彼女を外れても集中が途切れていない・・・。今回初見なのですが、彼女の演技はぜひまた見たいと感じました。

半田周平の演技には熟達したしなやかさを感じました。特にすこしずつあらわれてくるキャラクターの強引さのような部分。磨かれた金属のような硬度となめらかさと冷たさがあって、何かを凌駕するような強さがある。その質感のクオリティが、彼をして最後に選ばれる必然性を感じさせ、同時に観客に物語の結末を納得させる力ともなっていきます。芯にパワーを充填させたような演技、彼が選ばれた時の台詞に含まれた高揚感にはぞくっとしました。大谷由梨佳も好演、前半の葛藤する想いの表現には絹のような柔らかさがあって、でも揺らぐ気持ちに半田の演技をやわらかく包み込むだけの包容力が加わっていて・・・。この物語の後味に大きなふくよかさをもたらすことになりました。

大塚秀記は短い出番でしたが、そのインパクトには今回も瞠目させられました。移民局の職員という役柄でしたが、事務的な所作に鋭い刃のような冷徹さが込められていて・・・。メンバーに結果をはっきりと伝えるメッセージには問答無用の切れがあって、その一瞬に他の登場人物の存在が舞台からホワイトアウトしてしまうほど・・・。そのあとの少し長めの舞台の沈黙にリアリティを持たせるには、きっとこれほどの切れが必要なのです。正直、他の役者たちがその切れを十分に受けきれていない部分もあったほど・・・。そのあとの半田周平とのやりとりにも本当に迫力があって息をつめて見入ってしまいました。

この舞台、単なる試みというレベルをはるかに越えていて、他の上演を観てはいないから比較のしようはないのですが、この場所だから表現できたものがきっとあったのだとも思います。

芝居が終わると、バーカウンターの営業が始まって・・・。

演出の深寅芥さんが会場にふれまわっていた「ここのビールはおいしい」という言葉を信じて、生ビールをいただいたのですが、これが本当においしいのですよ・・。お世辞抜きにここしばらくこんなにおいしいビールをのんだことがなかったかも・・・。

ほんの少しの酔い、戯曲が示唆した「月に行きたい」という想いに含まれるメッセージにふっと今の自分の重なって・・・。月に移民する登場人物に思いをはせて、月にいけなかったものが授かったものにもふっと心を奪われて・・・。

良い芝居を観た後の充実感がさらにそのあとからやってきたことでした。

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