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アロッタファジャイナ「ルドンの黙示」に秘められた真理の重さ

8月23日、マチネにてアロッタファジャイナの第9回公演、「ルドンの黙示」を観ました。新国立劇場小劇場進出の記念すべき作品。作・演出の松枝佳紀渾身の力作は、質感をしっかり持ったスケールの大きなものとなりました。

(ここからはネタバレがあります。ご留意の上読み進まれますようお願いいたします。)

客電が残ったまま、舞台に役者があらわれ、舞台上のナチュラルな時間は音楽に彩られ・・・、ドラマが始まります。当初は2つの次元の物語がミルフィーユのように積み重ねらて・・・・「はるか未来」と呼ばれる時代と、「世界の終り」と呼ばれる時代。二つの世界は、シーンの間を見事につなぐ語り部によって導かれながら、何層にも物語を積み上げられていきます、

物語が進むうちに、観客が「はるかな未来」はルドンという登場人物の少年が紡ぐ物語として、「世界の終り」のなかで描かれた物語であることを知ります。それは、大国とその属国、さらには属国に虐げられた部族とそれぞれに生きる人々の物語・・・・。一方「世界の終り」のなかでルドンの書くものはは黙示であるとされる・・・。その物語が暗示するものが、「世界の終わり」での予言になると・・・・。

ルドンの描く「はるか未来」の物語は、まさに人類の歴史の具象化です。支配されるものが戦うための正義、同じ人間として同等にあるべきだという理想、よしんばそれが戦いを導いたとしても、彼らには振りかざすべき正義がある・・・。しかし、歴史がそうであるようにルドンの物語は支配される者だけの正義の物語ではないのです。一方で支配する者が平和を維持するための正義・・・。支配する側にも正義はあるのです。秩序を守りカタストロフから世界を守ること・・・。それが悪魔に魂を売るような醜悪さに満ちた手段であっても、支配される者たちの血の代償をともなったとしても、よしんば支配する側の血が流れ、あるいは血を分けたものを自らの手にかけることになったとしても、彼らの正義は守られなければならないのです。

そして、物語は歴史の必然の先にある今の世界を想起させます。昨今の中国の民族問題しかり、グルジアの問題もしかり・・・・。二つの正義はその旗をたなびかせるに十分な正義でありながら、決して相容れることがない理想であって・・・。そもそも、すべての人間が同じだなどということは幻想だし、二つの正義が一つの色に染まることなどありえない。そのありえなさが物語の中で明快に述べられていきます。物語に真理の心棒がしっかりと貫かれて、正義が重なり合う刹那に、2つの正義を両手に持つことのできない人間の悲劇、人間が持つ原罪の影が見事に浮かび上がっていきます。

一方、「世界の終わり」のなかではルドン自身の世界も次第に追い詰められていきます。戦場の病院の物語は、ルドンの物語の行く末を求める一人の男(兵士)の登場によって、病院から患者や医師たちが強制的に避難を強いられる物語へと発展していきます、森の中の彷徨、不安のなかでも怪我をした少女のためにさらに紡がれる物語、やがてたどり着いた市場でルドンは医師たちともはぐれ・・・。さらに追い詰められて、ルドンの黙示は再びであった医師などの運命を暗示します。何度も繰り返される物語の結末・・・。

閉塞感につつまれた物語にはさらに外側があります。「世界の終り」も一人の女性が書いた小説の世界のなかの出来事、それは、彼女が自らの息子を殺され、裁判所でその犯人を刺し殺し、そして気が触れたなかで作り上げた物語。何度も書かれた行き場のない、同じ結末の物語・・・。人の持つ原罪のようなものが3つの次元を一つに貫いて・・・。

しかし、ラストにちかいシーン、ふっと彼女は正気に戻る・・、そして、紡がれる物語も結末を変えて・・・・。彼女に理性が生まれたことで、「はるか未来」の物語に光が差し込む・・・。虐げられた民は迫害を逃れるのです。

両方から挟まれるような舞台に、次々と現れる役者たち、そのよどみない動きに、物語は清流のごとく流れていきます。美しいライティングは高さをもった空間を見事に制御し、Psalmが奏でる二十五弦琴の響きは、琴の範疇を大きく超えて空間の色をさらに鮮やかにしていきます。そして貴族たちの赤を基調とした衣装と民の白の衣裳の対比の美しさ・・・・。一方「世界の終り」ユニットが醸し出す絶望の香りがする重さも、舞台はしっかりと支え切ります。

30人以上の役者たちの演技は驚くほど安定していて、しかも一人ずつの演技がしっかり切れをもって空間に厚みを作っていく。役者が全体のなかのパーツになるのではなく、個が積み重なって一つの世界を作り上げていく感じ。しかも出来上がった世界には驚くほどに鮮やかな色や雰囲気が存在している。

満島ひかりが支配する側の正義を身につけていく姿に、観客は理性に抗って余りある強い高揚感すら覚えるし、安川結花の民を守ろうとする強い意思には、白く輝くような気高さがあって観客をひきつけていきます。篠田光亮の演技からは気品と冷徹さが艶やかにあふれて、柳浩太郎の存在感はまるで重しのように観客の心を縛っていく・・・・。ナカヤマミチコの狂気には息をのむような実存感があり、前島健一の兵士には、底知れない何かが宿っていて・・・。

舞台と演技が物語に奥行を生み、その奥行きが演技をさらに深くして観客を取り込んでいきます。

そして、最後のシーン、「はるかな未来」の舞台上から虐げられた民がのがれていくシーンに3つの世界の色が重なって、ふと正気であることの危うさと、その危うさのなかで生きていくことを正気と呼ばざるをえない「人」というもののサガ、その中で生きていく人々の儚さと強さまでが観客にしっかりと伝わってきます。ぎりぎりの中庸のなかに存在する正気の世界に身をおく自らの姿がゆっくりと浮かんでくるのです。

まさに松枝佳紀渾身の力作、新国立劇場の品格やすぐれた設備を生かした演劇空間を創出し、観客を舞台の色に染めて見せました。

上記以外の役者は以下のとおり、

川口覚、玉井夕海、かりん、原田健二、植木紀世彦、三元雅芸、野上智加、江口ビロミ、岡村麻純、立花彩野、新津勇樹、乃木太郎、峰尾晶、近石博昭、中島康善、ほしのラディン、山本律磨、青木ナナ、井川千尋、金子優子、加藤沙織、角田菜穂、吉田佳代、藤村あさみ、若宮亮、竹内勇人、木田友和、、元吉庸泰、太田守信、磯村智彦

アロッタファジャイナ、Le Decoでやるような手づくり作品にも魅力がありますが、「1999.9年の夏休み」といい、今回の作品といい、大きな作品を作り上げる力にも常ならぬものがあって・・・。

今後の作品からも目が離せないし、既存の演劇表現を凌駕していくような、なにか新しい波を生んでくれそうな気もします。

この作品は遠くない時期に再演されるべきだし、次の公演も本当に楽しみになりました。

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 柳浩太郎くん、  篠田光亮くん出演の舞台  ルドンの黙示 千秋楽  観てきました [続きを読む]

受信: 2008/08/27 08:38

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