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双数姉妹「サナギネ」(通し)の俯瞰する力

8月2日ソワレ&8月3日マチネで双数姉妹「サナギネ」を通しで観ました。通しっていうのもちょっと違うのかもしれませんが、青山円形劇場を真ん中で仕切って、一人の女性を幼生サイドと成体サイドという2面から同時進行で演じようというお芝居・・・。

片方だけを見てもOKで、2002年の初演時、私は成体サイドだけを見ました。でも、その時おもったのですよ・・・。これはこれで面白いけれど、両方のサイドを観たら2倍以上おもしろいのではないかって・・・。

予想通りでございました。

(ここからはネタバレがあります。十分ご留意の上お読みください)

舞台のつくりなどは前回とほぼ同じ・・・・。真ん中に区切りのスペースがあることから、半円というよりは三日月に近いちょっと狭い感じの舞台ではありますが、その分役者が近くて迫力があります。もう一方の音もいろいろと聞こえてきて、馴染むまでは大丈夫かとも思うのですが、慣れてくるとそれらが舞台の外側というか世間の音に聞こえてくるのも不思議なところ・・・。

先に見た成体サイドの中盤まではちょっとコミカルな部分を持った結婚詐欺の話、太宰治の「走れメロス」が下敷きになっているようで、詐欺がばれて捕まった主人公の幼馴染が友人を警察に突き出されないために、ふるさとに送ったお金を取り戻そうと3日間走る物語。被害者もお金を返してもらえないと住むところがなくなってしまうのです。その間に被害者の友人達や妹が絡んだり、別の被害者が借金の肩代わりを申し込んだり・・・。

後攻で観た幼生サイドは14歳の解体屋の娘が、夢を抱いて孤児の幼馴染とともに生まれ育った島を出る話。口うるさい母親や、自分を守ってくれている従業員たち。姉や友人たちのこと。家を飛び出してしまった父親が戻ってきて、一方そのときの母親の態度がトリガーになって主人公は島を出る。そして月日は流れ、成体サイドで友人を救うために走りつづけた幼馴染が島に戻ってきて・・・

双方のサイドが重なり合ったところで、中央のカーテンが開かれて、二つの物語が一つに結びつき、それぞれのサイドがもうひとつのサイドを見ることができるようになります。成体サイドからはなんとなく主人公とその生い立ちが見えるし、幼生サイドからは島を出た主人公の行く末が見える・・・。他のサイドで起こったことが全て見えるわけではない。どちらのサイドからももうひとつのサイドには距離感があって、でも、つながった物語に主人公たちの人生がそれぞれの色でふっと浮かび上がってきて・・・・。主人公とその幼馴染が歩んできた道がそれぞれのサイドの色にすっと映えて、劇場全体が時間を俯瞰する場所に置かれるのです。成体サイドは時間の終点から始点を眺める感じ、幼生サイドは時間の始点から終点を見上げる感じ・・・。綿密につながったシーンたちが一枚の織物に仕上げられて、見る色こそサイドによって異なるけれど、同じ感触の感動が劇場を包み込むのです。小池竹見の発想が役者の力で具現化され、作劇の仕組みに乗って一気に広がっていきます。それぞれの立っている位置から近くに見えるもの、遠くに感じるもの・・・。時間の中のそれぞれの位置に染められながら、観客は10年単位の時間を向こう側のサイドに観るのです

役者の演技も派手さはないのですが、しっかりと地についていました。

成体サイド、客演の神農幸は初見ですが切れのよい縁起が魅力的、この人はまだまだ伸びるような感じがします。今林久弥の熟達した演技にも埋もれることのない強さもありました。今林の演技には相変わらず厚みがあって、観ているものに安心感を与えます。中村靖、青戸昭憲のふたりはつぼをしっかりと押さえた演技で安心感がありました、小林至は抑えた演技でしたが、存在感がしっかりとありました。苅部園子田中桂子はダブルキャスト、お二人とも旗揚げ当時から双数姉妹に関わってきたとのことでしたが、演技にゆとりを感じました。辻沢綾香も自分の色をしっかりと作って好演でした。

吉田麻紀子は両方のサイドをつなぐ大車輪の活躍でした。骨太の演技に艶がついてきたような・・・。ナイロン100℃で松永玲子さんを見るときなどにも思うことですが、見るたびに引き出しがどんどんと広がっていくような女優さんっていらっしゃって、彼女にも同じようなもの感じます。

幼生サイドでは浅田よりこが大健闘・・・。成体サイドの神農が演じたキャラクターの少女期を演じるのですが、表現する想いに細やかさと深さがありました。井上貴子は貫禄の演技、五味祐司宮田慎一郎には演技にぶれがなく、狂言回しとしての力量も十分だったと思います。熊懐大介の繊細さは両サイドを観るものにとっては今林を結ぶトリガーになっていて・・・。河野直樹の女形には意外な効果がありました。幼少期に主人公が暮らした島の雰囲気がなんとなく浮かんできたような・・・。佐藤拓之の独特の力の抜き方も良い工夫だし、その演技は彼ならではのものでした。

客演の二人も本当に好演でした。大倉マヤのナチュラルな演技は幼生サイドの舞台となった家庭に実存間を与えていました。小さな台詞のひとつずつが、家庭の微妙な香りを作っていくというか、日々の時間に血を通わせていくような・・・・。父親役のいけだしんの生き様には、彼だからできるような大きさがありました。度量のなかに繊細さが隠されていて、観ていても不思議な魅力があって・・・。

いやあ、おもしろかったし、柔らかく強い感動も一杯の終演後でした。

もしこの芝居が再演されるとしたら、無理しても片方でなく両方見ることをお勧めしたい。両方のサイトを見ることで物語により強い立体感が生まれ、やってくる感動は2倍でなくさらにその倍になります。私は幼生サイドを観終わって、なにか宿願を果たしたような気持ちになりました。

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