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大銀座落語祭4 ほろりの会2&喬太郎と上方落語2

さてさて、遅くなりましたが、大銀座落語祭は最終日の記録などを・・・。17日から5日間の大銀座落語祭も21日が最終日、正直私もすこしよれよれになっておりました。それでもがんばって、JUJIYAホールへ・・・。エレベーターが一台しかないのでビルの入り口にはけっこう長蛇の列・・・。よいものを聴くための道のりは平坦ではないのかも・・・。

(ここから先は噺家さんのもろもろについてネタバレがございます。十分留意の上男進みくださいませ。)

・ほろりの会2 @ JUJIYAホール

☆瀧川鯉斗 「動物園」

開口一番、エレベーターの関係で遅れてくる客も多い中での高座、しかし落ち着きがありました。「動物園」というネタ、上方のアレンジとはちょっと違うのですがテンポがよく、すらっと聴けました。なにか底力を感じた高座でもありました。

大銀座落語祭の前座さんってどうも只者でない方が多いような・・・。数年後の落語界ってすごい底上げがなされているかも。

☆桂しん吉 「だんじり狸」

勢いのある、江戸前だといなせなんていうのでしょうか・・・。河内音頭のきこえてきそうな語り口。ほろりの会だからといって、じんわりやる必要などないということなのかもしれません。吉朝師匠のお弟子さんということで、ぐいぐい押していく中にもある種の繊細さがあって、関西人にはじつに耳さわりがよくて・・・。

はめものも力があって、どこかに心が躍るものがある。物語は比較的シンプルなのですが、リズムを持ってきっちりと形をつくって物語を流してくれるから、観客がすっとその世界に乗せられて行く。びっくりするほどの派手さはないのですが、しっかりと伝えられた物語に演者の力を感じることができました。

☆柳家喬太郎 「ハワイの雪」

前回のYEBISU亭で聴いて、今回は2回目。ライティングなど、会場の環境などは恵比寿のほうが上かも。また時間的にもYEBISU亭のほうが自由が利いたのかもしれません。YEBISU亭の高座がしっかりと作りこまれた感じだったのに比べて、今回は全体にやや手作り感の強い「ハワイの雪」になりました。しかし、噺が手のひらにしっかり載っていて、本当に登場人物が生き生きと見えるところは前回変わりません。

ほんと、登場人物に味があるのですよ。純情日記などの恋人どうしより、おじいさんと孫のほうが一層ヴィヴィドにできているというか、師匠自体が解放されて演じているいる感じ・・・。そのゆとりで、ふっと思い出した大阪のハワイ旅行の超ベタな看板(ハワイのことならワイXXX)についておじいさんに言わせて・・・。そこに無理がないのがすごい。終盤につなげるという線が崩れないことを前提に、その場の雰囲気をうまく取り入れなら噺を膨らませる喬太郎師匠の技量が観客にとってもすごく心地よい。

そして、逆メリハリを聞かせて一気にトーンを変える鮮やかさ。小拍子のような仕組みで変えるのではなく全身のオーラで色を変えてしまうような・・・・。終盤、ライトが落ちて、幼馴染が逝くところに立ち会うくだりは染み入るように観客のこころを震わせて・・・。

中入りの声が響いても、しばらくは会場に余韻が残っていたことでした。

中入り

☆桂都んぼ 「おなつ観音」

左甚五郎が主人公ではあるのですが、人情噺とはちょっとちがう・・・。ほろっとくる噺というよりは、都んぼ師匠の人物描写を楽しむところが醍醐味と感じました。演者が持つ個性が最初から最後までしっかりと出ていて、それが噺のトーンを強く前に押し出していきます。喬太郎師匠のあとですが、関西弁の強さを露払いにしてちゃんと自分の色に会場を染めきるところが都んぼ師匠の非凡なところ・・・。師匠独特のリズムで会場を自分に引き寄せると、独特の強めの語り口で濃淡をつけながら物語を展開していきます。

何よりも甚五郎という人物が太い線で書かれていてわかりやすい。彼の人となりは歴史上の事実を借景にしながらも、物語に通じるここ一番の表現は、きちんと都んぼ流に作りこんでます。噺の流れには若干の荒さも感じるのですが、甚五郎という人物の芯はブレずに噺が進んでいく。そこがしっかりしているからおなつの存在や個性もすうっと観客に伝わっていく。

最後まで微妙な力加減で噺の重さを調整しきるところに都んぼ師匠のセンスを感じました。

☆桂梅團治 「切符」

まくらで、「主催者がなにか勘違いをしてはる。切符はそんなほろりとするような噺じゃないです」、みたいな事をおっしゃっておられましたが、まあ、確かにほろりではなかったです。会の趣旨に合わせて人情噺的な要素を入れたともおっしゃっていましたが、その効果もあまりなかったように思います。しかし、それを補ってあまりあるしっかりとした芸のボリューム感が高座にありました。

登場人物の表情や鍛え上げられた声色での表現から、絡まれた相手方の駅員さんの慇懃さや律儀さが見事に浮びあがる。その浮び上がった雰囲気に沿って、自然に師匠の得意技へと導かれていく感じ・・・。鉄道マニアを自負する師匠の、東海道線各駅の言い立てが始まると、最初はのほんと聴いていた観客の体が前にでてくる・・・。どこまで行くのやろという不安と期待が入り混じったような感じが会場を支配します。

特に名古屋を過ぎてからの言い立てのタイミングが絶妙で、浜松をすぎるあたりになると、もう観客は引っ張られっぱなし。時刻表を読み上げているという設定なのに、観客にしてみると、自分があたかも電車で旅をしているような気がしてくる。大船を過ぎたあたりからは、首都圏に住んでいる人間にとっては自分の家に戻ってきたような感覚になってきます。

要はリズムだとおもうのですよ・・・。一定のようで微妙に変化をつけている。この駅で一旦一休みみたいな部分も観客の感性と見事にはまっている・・・。観客に向かって演じているというよりは、観客とおなじベクトルで駅を言い立てていく感じ・・・。芸というのはこういうものなのだと思います。

さげも冷静に考えたら、ちょっとずるいのですが、観客にとってはその前の大旅行があるからしっかりと効きました。

なにか、不思議な充実感に満たされた高座を聞かせていただいたように思います。

「ほろりの会2」、終演後は貰ったうちわをばたばたさせながら、暑い屋外の階段を下っていくことになりましたが、なんかそれもまた楽しみたいな気分になれて・・・。東西の様々なトーンの落語が博覧会のように並んで、びっくりするような派手さはないけれど、たっぷりと楽しめる会でありました。

・柳家喬太郎と上方落語2@博品館ホール

さてさて、昼間の会をご一緒した友人とお茶を飲んで、急で申し訳なかったのですが、mixiの力にすがって、急にキャンセルになった別の友人の代わりの方にお付き合いいただいて、この落語ウィーク最後の会に参戦です。

☆三遊亭かっ好 「日和違い」

この5日間に聴いたいろんな開口一番のなかで、一番前座さんらしい話だったかもしれません。まっすぐに実直に噺をしていて、それはそれで好感触。変に小器用な部分がないから、観客が素の噺の魅力を感じることができる・・・。好みはあるのでしょうけれど、私は素直によい前座さんだとおもいました。だからこそ、喬太郎師匠がくすぐりに開口一番のネタをちょこっと使ったのでしょうし・・・。

☆ 桂都丸 「読書の時間

都丸師匠、高座に座った瞬間、どんと落ち着いた感じがします。場の視線を一瞬で手のひらに載せてしまうような座りのよさというか・・・。真っ赤なとばがいやみにならない・・・。貫禄というのはそういうものなのかもしれません。

年季の入った感じの語り口から、語られるのは父親が表紙だけ「竜馬がゆく」に摺り返られたエロ本を息子が学校に持っていって授業で読むというもの・・・。要点がしっかり抑えられていて、一方で無駄が見事に省かれいる噺のもっていき方に、観客は安心して身をゆだねられる・・・。文学作品の読み違えのくすぐりでしっかりと場を暖めて、場内を教室の雰囲気に染め上げておいて、エロ本の朗読場面、喘ぎ声を読み上げる部分の滑稽さがもうたまりません。たとえばコメディなどでもそうなのですが、淡々とナチュラルな色で演じられていくからおかしさ100倍・・・。

重鎮の芸であれをやられると、良い意味で逃げ場がない・・・。でも、抜群の安定感があり、読むほうとそれを聴く先生の表情がなにげにすごく磨かれているから、笑いがチープにならない。

材料をしっかりと吟味して、一流のシェフが腕を振るった豪華なラーメンの味わいとでも申しましょうか・・・。たかがバレ噺、されどバレ噺・・・。聴いてもたれないし嫌味がない。冷静に考えると結構ひどい噺なのですが、そこに不思議な品格があるから、下卑になるぎりぎりのところから噺が落ちず、カラッと笑える。芸の底力ってこういう部分にあらわれるのかと感心したことでした。

☆ 柳家喬太郎 「擬宝珠」

出てくるなりボヤキから・・・。前日の福笑師匠の「もれちゃう」でいきなり高座につっぷすと、都丸師匠のねたについてもひとくさり・・・。こういう番組は小朝師匠のイジメかみたいな・・・なんてくすぐりが入ります。しかし、喬太郎師匠の前に、上方の一番脂の乗っている師匠方がこういうねたを持ってくるというのは、もしかしたら、喬太郎師匠へ対抗心とか喬太郎師匠ならこれのあとでもうけてくれるやろみたいな信頼感が、微妙に手伝っているのかもしれません。

さて「擬宝珠」です。この噺は喬太郎師匠で以前にYEBISU亭でも聴きました。考えてみれば、私は以前YEBISU亭で聴いた喬太郎師匠の噺2席をおさらいしたことになります。

枕で十分に客席を自分の色に染めておいて、噺にはいります。今回も、若旦那が気の病を患うくだりから「崇徳院」のさわりを想像させておいて病気の原因を聞くところから、噺のハンドルを「擬宝珠」に切ります。おまけで、みかんをちらつかせておいて「千両みかん」を消すところなどはわかっていても大爆笑・・・。

前回、この噺を聴いたとき、いちばんぞくっときたのが、金物の味を愛する若旦那に潜んだ狂気の表現だったのですが、そのあたりは今回も顕在。噺の運びが実に安定してるので、旦那と奥方の金物をめぐる思い出話が直球で観客を巻き込みさらに噺にグルーブ感を与えます。狂気の世界での価値観の逆転がきめ細かいタッチで観客に伝わっていきます。

重すぎず、かといって凡庸にならないこの噺、喬太郎師匠にとっては、使いやすい武器なのかもしれません。何度聴いても飽きないであろう魅力も随所にあって、中入り前、たっぷりと楽しませていただきました。

中入り

☆桂雀々 「さくらんぼ」

江戸前では「あたま山」とい呼ばれる噺だと思うのですが、上方落語では初見。枝雀師匠も時々かけられていたようですが、まあ、ここまで力いっぱい演じられると観るほうにも気合がはいります。

元々がシュールな噺なのですよ。普通に演じられても、自分の頭に生えた桜を、人が集まるからといって引っこ抜いて、それでも後にできた池に集まる人の煩さに耐え切れず自分がその池にが身をなげるってな噺ですから・・・・。わけがわからない部分がある。その不条理が障りにならず、噺をくぐった先に見えてくる世界観の表現に繋がるよう、雀々師匠は自分の頭に生えた桜に集まる人々の狂騒を鳴り物を巻き込んでアクセル全開で演じていきます。

当然に、はめものもキャパ一杯という感じで思いっきり鳴らす・・・。小拍子くらいで止められてたまるかいみたいな勢いのすざましさ。しかも小拍子で噺を区切ってもそこで噺に間を作らない。むしろ小拍子にかぶるように次のシーンが語られ、観客の息が詰まるくらいにどんどんと噺が進んでいく・・・・。

そこに、主人公の静寂をもとめる気持ちが鮮やかに浮かび上がるのです。オーバーヒートする噺のなかに主人公の戸惑いがいらだちに変わり、なんとも追い詰められたような心や安らぎを求める気持ちが見事に現出する・・・。しかも、その心情は噺が終わってもちゃんと後まで残っている。これはすごい。

その繊細な心の表現を力技でなしていくには、その力技のレベルがぶれなくある種の領域を突き抜けていなければいけないわけで、ただ騒げばできるというものではない・・・。その境地に至った雀々師匠の芸が見事に生きた高座でありました。

☆柳家喬太郎 「宮戸川」(通し)

さて、最後は喬太郎師匠の宮戸川です。恥ずかしながら通しで聴くのは初めて・・・。前半と後半でガラッと色の変わるお話で、通しでやるとそこの変わり目が難しそう。まったく違った色にそまった同一人物を演じなければならないのですから・・・。

喬太郎師匠は前半の表現をすごく平凡な若旦那にあつらえます。遊ぶといったってちょっとしたこと、締め出しを食うほどのものではない。まあ、ちょっと遊びすきなくらいにとどめておく。それがおじさんの家で結ばれるシーンや後半の息が詰まるような舟のシーンに結びつき噺の深さをぐっと高めていくのです。

前半を比較的軽い調子流していく。それゆえ吸い込まれるような後半の舟でのシーンは圧巻でした。酔っ払いの問わずがたり、それを聴く主人公の反応がよいのですよ・・・。ぐっと抑えた感情の中に押さえ切れない思いが微かな声の震えにのって・・・。それでぞくっとくる。

また、さげに至る夢からの目覚めの悪い感じにものすごいリアリティがある・・・。一つの噺のなかにいろんな表情が積み重なっていくのですが、それらがみな精緻であるからこそ現出する世界がある・・・。

納得のオチで大銀座落語祭を綺麗に閉めていただきました。

というわけで、5日間の落語三昧もお開き、正直疲れました。しかしその疲れが心地よくも感じます。とにかく見た高座は当たり連発で、駄高座がひとつもありませんでしたから・・・。それは演者の力量の差はありました。もあり、噺の性質もあり、高座のクオリティには優劣が間違いなくあった。でもね、甲には甲の乙には乙の味がちゃんとあって・・・。なによりも感心したのは、これだけの高座を見て、手を抜いたというような感じのものはただのひとつもなかったこと。それは、よしんば前座さんの高座であってもそう・・・。

帰ったらすぐコテンと寝てしまったけれど、こういう疲れからの眠りは決して悪いものではないです。まあ、銀座落語祭、来年がないのが残念ではありますが、その分一生物のよい時間をすごさせていただいたと思います。

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