場に取り込む力、後藤ひろひと「恐竜と隣人のポルカ」、三谷幸喜「ザ・マジックアワー」
ちょっと遅くなりましたが5月31日、渋谷パルコ劇場で、「恐竜と隣人のポルカ」を観てまいりました。後藤ひろひと一流の不思議なコメディなのですが、それだけではない楽しみがいっぱい。きわめて秀逸なエンターティメントに仕上がっておりました。
それと偶々初日の夜に観ることができた三谷幸喜の映画「ザ・マジックアワー」の感想なども・・・
(ここからはネタばれがいっぱいあります。ご留意の上お読みくださいませ)
後藤ひろひと作・演出「恐竜と隣人のポルカ」
まず、劇場の入り口にK/T境界線のゲートが・・・。K/T境界線、入るときには意味がわかりませんでした。出て行くときにはしっかり理解しておりましたが・・・。K/Tが意味することと主人公家族の名前をかけた後藤ワールドの大きな枠組みがすでに劇場の入り口にできている。
場内にはいると探検隊の衣装を着た出演者の二人が客席の案内などをしている。時々ホイッスルをならして・・・。要は場を暖めている・・・。そして舞台が本番モードになるとチープなローカルテレビのスタジオから恐竜マニアのためのバラエティ番組が始まる・・・。
ちょっとアメリカっぽいテイストなのですが、でもすごくいい加減な部分があって・・・。メインキャストはかつてのアイドル石野真子(本人が演じている)・・。その司会もなんか投げやりでアバウト・・・。後藤ひろひと独特のいい加減さネタのくすぐりを笑っているうちに気がつけば物語のトーンに取り込まれています。
そこに現れるのがセミデタッチ風の2軒の家。片方は兄と妹、もう片方には夫婦が住んでいる・・・。兄と夫は幼馴染らしく、しかも石野真子の大ファン。当然に恐竜番組の視聴者でもあります。家族の描き方もどこかデフォルメされていて、なおかつ微妙にラフ・・・。観客はその世界にすっと閉じ込めてしまうような魅力に引っ張られ、しかもキャラクターを紹介するようなちょっと冗長な時間帯にも伏線が見事に埋められて・・・
で、一見冗長とすら思える二つの家族のさわりの部分に、実は伏線をしっかり詰め込んでおいて…。
で、たまたま夫が庭に花壇を作ろうとして、肥料代わりのごみを埋めるために掘り返した穴から恐竜の骨を出す・・・。しかもその骨が2軒の家にまたがって埋まっていることがわかる・・・。ここから芝居がペースを上げて突っ走り始める。
その骨をめぐって今までの2つの家のバランスが崩れ、二つの家族が争うことになります。舞台に勢いがつく中でのちょっと子供のけんか的なエスカレートぶりのおかしさ。両家にはそれぞれ大学生くらいの子供がいるのですが、それぞれの醒めた冷静な視線がおかしさに拍車をそそく。しかもローカルTV番組の流れて「石野真子」までが現場に現れて・・・。
ここまでくると、もう観客は後藤ひろひとの手のなかです。しかも、後藤さん、例によって禁じ手を平気でつかってくるのですよ。石野真子を乱発したり突然舞台に黒幕を下ろしたりするのですが、ネタがうそっぽくチープな香りがしても場内アナウンスなどがきちんとしっかり作りこまれていたり、舞台進行をポーカーフェイスというかまっとうに進めたりしてくれるから、おかしさがばかばかしさを突き抜けて・・・・、なんというか観客の底板がみごとにはずされていく・・・。
しかも、なんとなくとり散らかった物語も、最後には魔法のように観客の中に納まるのです。緻密に描かれた伏線に物語がすっとひっぱられて一つの箱に綺麗に収まる感じ・・・。そして気持ちがよいくらいに観客になにも残らない。ただ、笑って楽しんでなにかすっきりと暖かい気持ちになったという記憶が残るだけ・・。
役者も出来る人が集まった印象。寺脇康文、手塚とおるともシリアスな芝居とは一味異なる筋肉で舞台の土台をしっかりと作り上げていました。彼らの抜群の安定感で観客は物語によりかかって舞台を楽しむことができました。竹内都子、水野真紀にもちゃんとその後ろの生活が見えて、舞台の風通しを良くしていたと思います。森本亮治、大和田美帆とも派手さはないのですが、舞台にしっかりと馴染んでいる感じ。個性の強い役者達の間で埋もれることがありませんでした。兵動大樹も骨太な感じが石野真子のマイペースな演技をしっかりと引き立てていたと思います。
その石野真子、やっぱりだてに長年アイドルをしてはいないというか、華がありました。いいかげんな番組司会も許されてしまうような説得力があるし、市井の家庭をアイドルが訪問した雰囲気をなどもしっかりと作り出している。最後のところでアイドル衣装・アイドル振りで一曲歌う場面など、観ていてけっこうマジにときめいたり・・・。
狂言廻し役を演じた鈴木悟史、藤桃子もメリハリのきいた演技で役割を十分に果たしていました。
まあ、Piperなどでの芝居もそうですが、一大エンターティメントなどと大上段に振りかぶることなく、さらっと観客を雰囲気に取り込んで、たっぷり接待したうえで満足感をおみやげに気持ちよくお帰りいただく後藤ひろひとの手腕・・・。見事というほかありません。その後ろにある絶妙な役者のタイミングや物語構成の独創性など、秀逸さを観客にはほとんど意識させず、でも裏側に仕組まれた繊細な力で観客を根こそぎ舞台上の世界に引き込んでいく。毎度のことながらもう脱帽ものです。
後藤ひろひとのPiperでの新作「ベンドラー・ベンドラー・ベンドラー」にはさらに松尾貴史という強力な爆弾も加わるそうな・・・。これは今から10月が楽しみです。
さてさて、話はかわって6月7日の夜、後藤ひろひと流の作劇とはかなり質がちがっているのですが、当代一流の戯曲家・演出家として今をときめく三谷幸喜脚本監督としての新作映画「ザ・マジックアワー」を見てきました。
三谷幸喜 脚本と監督 「ザ・マジックアワー」
三谷映画は「ラジオの時間」に始まって、「みんなの家」、「有頂天ホテル」とどこか閉塞した世界でドラマが展開するのですが、今回もその例に漏れません。さすがに前作の有頂天ホテルほどではなく、映画の撮影所や病院のシーンが少しからみますが、原則的には小さな港町での物語です。場所が限定されることによって物語には濃密さと色が生まれます。現実と三谷の描く世界の区別があいまいなままに、ギャングムービーのような世界が進行していく。今回の作品、現実の世界と三谷が築き上げるちょっとレトロな香りのする世界の距離感が観客にはとても心地よいのです。
深津絵里がいいんですよ。ストイックだったり堅物な役が多い彼女ですが、今回の歌手役には女性としての魅力が溢れていて・・・。昔のミュージカルレビューに出てくるような月に乗って歌う姿が本当に絵になっている・・・。でも、その一方でどこか今風の女性としての瑞々しい部分がちゃんと表現されているのです。その上で西田敏行が惚れることへの説得力に欠けるところがない・・・。ため息がでるほどの厚みのなかに重さをすっと消したようなタッチのすばらしさ。ほんと、見惚れてしまいました。
佐藤浩市も漫画的ではあるけれど、映画俳優というタグを付けて現実と現実離れした世界をうまくなじませる。戸田恵子にしてもそう、濃い化粧での道化のなかに人間の本音や本質を垣間見せるような演技が見事に溶け合っている・・・。妻夫木聡の少し軽くて妙に大胆なウッディアレンの映画にでてくるようなキャラクターもそう、綾瀬はるかの生真面目なところもそう・・・。この映画の登場人物はみんな昔の映画にでてくるような現実離れがあるのに、一方で今との間にしっかりとした根をもっているのです。三谷ワールドのおとぎ話のようなおもしろさと、まっとうな今が対立せずに溶け合って、それは昼と夜の間のひとときの光、タイトルとなったマジックアワーのよう・・・。「夢か現か」という言葉がありますが、映画と現実の狭間に見事な三谷幸喜ワールドがあって、その世界の外側と内側に役者達がそれぞれ足をかけて・・・。きわめて演劇的な手法でとりちがいや笑いに満ちた物語が二つの世界の行き来のなかで醸成されていく・・・。
そんな中での柳澤眞一と佐藤浩市の豊穣なシーン、観客を柔らかく揺さぶるような説得力がありました。三谷幸喜の作劇の力がもろに出ていた感じ・・・。三谷作劇が持つ、もう一つの側面がしっかり機能していた。あのシーンで観客の心が満たされるから、ラストにあるシーンも、映画を作る者へのレスペクト的な部分の嘘っぽさが、ワクワクに変わっていやみにならない・・・。観客は豊かな心持ちで劇場を後にすることができる・・・。
脇の役者達も本当に芸達者でシーンをしっかり精緻につくっていきます。映画製作のプロたちを演じる役者の生き生きとした感じ、ところどころに笑いをさらに引き立てるため、まるで西瓜へのひとつまみの塩のように、近藤芳正などのビターな演技をする役者をちりばめて・・・。ワンショットの出演者もしっかりと映画のスパイスになっているし、劇中映画の仕立てもしっかりしていて、おまけにこれでもかというくらい役者を奢っていて・・・いろんな積み重ねが三谷ワールドに展開する物語の本筋をしっかりと支えていく・・・。
最近、この映画の宣伝を兼ねて三谷幸喜や出演者がやたらテレビ等にでていますが、実際に映画を観たあとには、三谷の露出ぶりからあざといという感じは消えて、ある意味の彼の表現者としての純粋さを感じるようになりました。私には彼が単に映画の宣伝をしているというより、彼の創意に満ちた世界を楽しんでくださいとけっこう純粋な気持ちで観客を手招きしている気がして・・・・。芝居などでも感じるのですが、ある種の居心地のよさとふっと心に馴染むような高揚感が三谷の創る世界にはあって、手練というか作品に触れた観客はその感覚を共有できるような仕掛けがしっかりと構築されているのです。それは三谷が愛する豊穣な世界のおすそ分け・・・。そこには後藤ひろひとが自らの世界に観客を引き込んで楽しませるのと同じ何かがあるわけで・・・。
上手くいえないのですが、本当に観客を引き込む力のある作家兼演出家には、その力をもってできるだけたくさんの観客を自らのワールドに引き入れたいという欲望があるのかもしれません。一方、少なくとも私には、彼らの世界から香るその魅力を、跨いでとおるなどちょっと出来ない相談かと・・・。
今回、後藤ひろひと作・演出の芝居と三谷幸喜の映画を見て、彼らの手招きに誘い込まれる幸せをふつふつと感じたことでした。
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