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これだけの個性は贅沢の極み、でも溶け合って良いお味に「ガンまげ」

5月24日マチネで「ガンまげ」を観ました。場所は新宿紀伊國屋ホール。小劇場の役者を20名以上集めて、若いタレントさんも加わって・・・。演劇バトルロイヤルと銘打ったこの芝居、フライヤーその他で戦いをあおられた割には役者達のそれぞれの個性が丸くうまく溶け合って・・・。当初の演出(高橋いさを)の降板などはあったものの、役者の力がおいしく溶け合ったエンターティメントに仕上がっていました。

(ここからネタばれがあります。ご留意のうえお読みください)

不況の影響で大江戸とウェスタンのテーマパークが一つになって、目玉となるショーも二つが並列して行われることになった。板ばさみになるMC、問題を抱える双方のチーム、その中で始まる忍者側の興行には演歌歌手がゲスト出演、ただでさえ失敗が許されない舞台なのに役者の離脱が大江戸側に勃発して・・・

上演中の舞台の裏側で起こる様々な出来事を題材にしたコメディにはこれまでも秀作があって、たとえば「ショー・マスト・ゴー・オン」(東京サンシャインボーイズ・三谷幸喜作/演出)などはその代表的なもの。あのお芝居は練りに練られていて、なおかつ観客にとっても枠がしっかりしているから安心してはらはらできるみたいな部分がありました。西村雅彦が難問を次々に切り抜けていくシビアでプロのゆとりもある舞台監督を演じきり彼の役者としての真骨頂を見せた喜劇でした。

今回の「ガンまげ」も作品としては同様の構造をもっています。上司からの圧力にもめげず、あちらこちらにも気を使いながら苦闘するテーマパークのショーイベントのディレクターが次々とやってくる難問と格闘していく・・・。その中で舞台全体がハイになるような疾走感が生まれ、舞台上の役者達から観客までがその流れに巻き込まれていく・・・。表の舞台を守るということを大前提に裏側で守るべきことがどんどん崩れて笑いにつながる構造がしっかりと機能して、そこに役者同士の人間関係も上手く縫いこまれて、2時間5分といわれた上演時間にもまったく飽きはこなかったし、冗長と思える部分もほとんどなかったです。

それは、三谷作品などとくらべると緻密さに欠ける部分があったことは否めません。肌理が細かいとかスムーズな感じに欠けた部分も正直言ってありました。しかし、緻密か否かだけでよしあしが決まらないところが芝居という表現の面白いところで・・・。この作品、構造的に抱えたある種のラフさが観客に未知数の好奇心やスリルをあたえて、チープだけれど惹き付けるような波が次々と巻きおこる・・・。積み重なって面白さが膨らんでいく三谷作品にくらべると薄っぺらではあるのですが、でも観客は舞台から目が離せない。花やしきのジェットコースターのようなもの。いったん取り込まれてしまうと、多少劇中劇が破綻していようが、役者の演技が息切れしていようが、最後をみとどけるまで離れられないような粘着力がこのお芝居にはある。

なんでもありの雰囲気のなかでも、構造は結構しっかり作ってあるのですよ。與真司郎福井未菜演じるちょっとストイックな主人公達にもしっかりと裏側の物語が構築されているし、それぞれの出演者のキャラクター作りもかなり骨太にできている。大仏の大道具や劇団から抜けた人間の行く先がスペイン村という設定にしても、後から考えればかなり無理のある露骨な伏線であるにもかかわらず、この芝居には見事に馴染んでいたし、その露骨さがかえって舞台によい味を出していた。役者達も、有象無象の集まりのような体裁で宣伝をしてはいますが、要所にいるのは、それこそ手練の技で極上の演技ができる歴戦の猛者なわけで・・・。それは、直せばさらに良くなる部分もたくさん残っている芝居だけれど、そのあたりまで織り込んでしまったというか清濁を飲み込むような度量がこの作品にはあって・・。鴨下裕之の脚本が現場にぴたっとはまっていた・・・。

こういう手法で作品を100回作って何回成功するのかはわかりませんが、少なくとも今回に限っては、高橋いさをを継いだ野坂実の演出も冴えて、観終って予想外の充実感を感じる芝居に仕上がっていました。嘘みたいだけれど、まっすぐな高揚感のようなものがしっかりとあった・・・。帰り道、どこかうきうきしている自分が不思議といえば不思議なのですが、なんか舞台からパワーをもらえているのです。

役者のこと、 與真司郎はエーベックス系のユニット(AAA)の一員だそうで、場内にはファンもけっこういらっしゃったような・・・・。、初見でしたが、芝居を維持するだけの役割はきっちり果たしていたと思います。舞台上のキャラクターとして思いを作ることも出来ていた・・・。ただ表現の間口が必要最小限しかない感じで、役としての広がりが十分ではなかったような気もしました。なんとなく思いはわかるのですが、それがもどかしいほど伝わってこない部分が何箇所もあって・・・。これは場数というか経験のなかで広がっていくのでしょうけれど・・・。同じような話が福井未菜にもあって、思いを舞台で溜めることはできているようなのですが、その表現がふっと一本調子になる部分が・・・。苛立ちやすっと心に壁をつくるような部分にははっとするような良い演技もあるのですが、平面的な感情表現や想いの吐露が息切れしてしまうような部分も見受けられて・・・。まあ、これも彼女がキャリアを積めば解消される類のことなのでしょうけれど・・・。

小劇場からの選抜組みはおおむね出来がよかったです。キャリアを存分に発揮して、見事な芝居を見せたのが後藤飛鳥、肩に力が入らない演技なのにそこからは豊潤な天真爛漫さがあふれ出ていて・・・。とにかく舞台にいて実在感があるのです。同じようなお芝居ができていたのが江見昭嘉、かれの柔らかさとある種の芯を持ったキャラクターが物語の一端をさりげなく背負っていた。上手くいえないのですが、彼の芝居には要所で常にもう一歩の踏み込みがあるのです。彼の演技があるから、和田ひろ子演じるキャリアウーマンの顛末がしっかりと生きた気がします。その和田ひろ子もさらっと舞台にトーンを作るような力を見せて大好演、大仰な演技も彼女だと誇張にみえない。それどころか目鼻立ちがはっきりしているようにすら感じられる・・・。衣装係の鈴木歩己や美術の井上真鳳、さらには飯田卓也、押田美和などもぶれない演技でどたばた劇の要をしっかりと押さえていたと思います。本郷小次郎はまさに八面六臂の活躍で、本当に鮮やかに舞台を回していました。頼れる役者だなと感じます。赤澤ムックの演技も非常に秀逸、プレーンな女性の芝居を着実にこなしながら、一方で豊かな芸力のようなものを舞台にちりばめていました。実は陰影を作るのがとても上手な女優なのかもしれません。馬場巧もうざいキャラを絶妙のタイミングとニュアンスで演じきりました。安定感のある芝居だったと思います。

大江戸チームから離脱した役者役の二人、加藤裕猿田瑛とも、心理描写とコメディアンの両方の演技を要求される難しい役で見事な活躍を見せました。二人とも寡黙な立ち姿だけで感情の移ろいをしっかり表現できていて・・・。この演技が伏線となって、後半の演技が生きるのです。特に猿田には演技にためらいがないというか、ためを持たずにすっと演技に入り込むような部分があって、観客が構えることなく笑いに引っ張り込まれてしまうのです。これはコメディエンヌとしてなかなか得がたい才能かとおもいます。

温井摩耶は他の役者とちょっとトーンが違う演技でしたが、役柄にはぴったりはまっていました。生真面目さがちょっとあって、感情も整理されていて・・・、だから後半のブレイクがとても勢いのあるものに感じられました。高山奈央子は怪演の部類でしょうね・・・。ちょっと下ネタがらみでしたが、でもつぼをしっかりと心得た貫禄たっぷりの演技でありました。原知弘はこの芝居のなかでなさねばならない演技をじっくりこなしていました。びしっと見栄を切ったときの姿が決まっていて、彼が出番をむかえるシーンは芝居がすっと引き締まって見えました。

ウェスタン組では高野ゆらこが自由奔放な演技で笑いをしっかりとものにしていました。山崎雅志、高木エルム、和知龍範の3人の飄々としたところも妙におもしろくて・・・。時代劇のアパッチ語はつぼにきました。なにげな演技に繊細なニュアンスが織り込まれていて、その他大勢に埋もれない個性が3人それぞれにあったと思います。仲坪由紀子の演技は他から一歩ぬきんでいる感じ・・・。スケールというか大きさがしっかりとあり、雰囲気をつくり物語をしっかりと収めていました。児島功一も良かったですね。隠した感情を影で見せるようなテクニックがあり、一方でそれらを噴出させたときの抑制のきかない思いにも説得力がありました。

時代劇応援団役の堀池直毅市橋朝子は勢いで勝負。瞬発力のある演技で、場内の色を一気に染め変えて見せました。ただ、もうすこしせりふははっきり叫んだほうがよいかも・・・。勢いにせりふが微妙に消えていました。

演歌歌手のマネージャー役、倉方規安の作る軽さとエキセントリックな部分も酔いできだったと思います。

ちなみに日替わりゲストの演歌歌手役は高橋亜弓でしたが、まあ、無難な舞台さばき・・・。ただキャラとしてはちょっと親しみやすい雰囲気を持ちすぎていたかもしれません。

しかし、書いていておもうのですが、この芝居、これだけ役者が出ていて、一人ひとりが埋もれていないのですよ。みんなキャラクターがしっかりと立っている。だから観ていて役者の勢いがそのまま観客をときめかせるのです。

実は素材を大切にとても贅沢な作り方をした芝居だったのかもしれません。

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