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自由自在の標本 喬太郎落語@YEBISU亭(プチ写真美術館観覧感想のおまけつき)

3月20日、YEBISU亭20回記念公演を見てまいりました。場所はいつもの恵比寿ガーデンプレイス。早くついたので、東京都写真美術館で「シュールレアリズムと写真」を拝観。写真って絵に比べると直情的で観るものをあっというまに理解させるような力があって、1930年~40年のシュールレアリズム写真が持つあからさまな感性を堪能・・・。観た→わかった→感動!!みたいな部分が写真にはあって面白かったです。ある意味ベタなのですが、澄んだウィットや今に通じるような斬新な視点が感じられて・・・。一方で思わずうふっとしてしまうような作品もあって。センスと志を持った人の作品って、作品の色は褪せても物を本質を表す力は褪せないのだと感心したことでした。

さて、YEBISU亭に戻って・・・。

いっこく堂 2ステージ

今回のゲストはいっこく堂さん。喬太郎師匠と同い年だそうで・・・。例のトークをはさんでけっこうたっぷりステージをつとめられました。腹話術という芸自体もそれはたいしたものだとおもいましたが、この人には巻き込むような笑いを作る力がある。そちらのほうもすごかったです。

ちょっと知的で小粋な風情があるので、笑いという意味では淡白な芸風の印象があったのですが、とんでもない・・・。この人は笑いに関しては策士です。芸の力による瞬発力のある笑いをただ放り投げるのではなく、その見せ方が緻密に計算されている・・・。流れの中での伏線の張り方や客の取り込み方が本当に上手で、観客が載せられてみようかなという気持ちになってしまう・・・。工夫も随所にあって飽きない。最後の客いじりには観客を別の世界に持っていていじった客を立てるようなすごさがあって・・・。

ちょっとファンになってしまいました。

柳家喬太郎 「擬宝珠」

出囃子がウルトラマンのテーマ・・・。初体験。まあ、お三味の苦労がにじみ出るような御囃子でしたが、出囃子で笑いが取れるということはそうないでしょうから、爆笑は下座の皆様へのご祝儀ということで・・・。

初めて聴く噺ではあるのですが、金物フェチの顛末というのはどこかで読んだことがあります。正確に思い出せないので、ちがっていたらごめんなさいなのですが、都築道夫さんの短編に金物をなめたい男の話があったような・・・。なんかこのストーリーは聴いたことがあるような・・・。しかし少々のデジャブっぽい感覚など吹き飛ばしてしまうような名演でございました。

枕は人形遊びからヒーロー物のフィギア、さらにコレクターの話からサゲのネタふり、良い語り口です。フィギュアばなしの派生で、寄席にあってもおかしくないという落語家のガチャガチャフィギュアばなしには笑いました。シークレットが下座のお師匠さんっていうのですから・・・。

で、枕からすっと噺に入ったとたんに熊さんに「この流れで古典とは思わなかった」と言わせていっきに観客を自分の手のひらに持っていってしまうところが師匠の師匠たるゆえんで・・・。おまけに若旦那が患いこんでいるというので、てっきり「せ~おはやみ~」とやると思ったところに、若旦那の「女の悩みじゃない」・・・。で熊さんに「これは崇徳院はねえな・・」とやられたときには、もう恐れ入りましたの一言でございました。みかんの房を3つ持って逃げちゃう番頭の噺かとおもいましたがそれもないということで・・・。じゃあどこに行くのかと思っていると、金物フェチの噺に流れる・・・。その段階で客はすでに一仕事させられているわけで、もう十分に温まってしまっている。

金物フェチの若旦那の目がすごいんですよ。常軌を逸している・・・。ぎりぎりからちょっとあっちに行っしまってる感じ・・・。リアリティがある・・・。ここで世の中の価値観を変えてしまうから、若旦那の両親の金物フェチ話がぐっと立つ。このあたりの安定したグルーブ感・・・、喬太郎師匠の真骨頂その1といったところ。(次の高座で別の真骨頂をみせられるもので一応No.を)

オチもしっかりと両足を着けたいい塩梅の強さで、良い噺を聴いたときの満足感がどわっとやってまいりました。

柳家喬太郎 「ハワイの雪」

今度はまっとうな出囃子で・・・創作落語。噂は聞いていたのですが実際に聴くのは初めてです。

ネタばれは避けますが、お爺さんの生きてきた世界が浮き上がってくる。物語にしっかりとした世界観があり、なおかつ、登場人物の個性が見事に描かれているのです。だから多少無茶をやっても筋が流れない。

冒頭は滑稽話の様相・・・。

腕相撲のシーンなど、とてもよく工夫されているなと思いました。心理描写にふくらみがあって・・・。大ネタこねたを取り混ぜて、その中で年寄りの頑固さが良い意味でしっかりと出て・・・。

それが、幼馴染に何十年ぶりに会いに行くあたりから段々と人情噺に色を帯びてくる

後半、昔の恋人通しが再び逢うところなど、セピア色の映画の一シーンのよう。はめ物のさりげなさ、照明の加減にふっと魂が消えていく姿の美しいこと・・・。この繊細さをすーーっと支えてゆっくりと観客の心におくところが喬太郎師匠の真骨頂Part2。

それまでの話が時間の目盛になって、80歳の人生の長さが雪のはかなさの向こうに浮かんでくる。前半のはじけかたが、そのまま消え行く命の昔の輝きにすら思えて・・・。

ああ、看取らせていただいた・・・。そんな気になってしまう。

単なる人情話に終わらない間口の広さがこの噺にはあって・・・。

いやあ、べたな言い方ですが、ほんと、よかったですよ。

「今夜踊ろう」

まあくまさこ様、今回も絶好調で・・・。

いっこう堂さんと喬太郎師匠が石野まこ「春ららら」を全部そらんじて内容につっ込みをしっかり決めたところで「はい、お勉強になりましたね」と受けたのにはお腹がいたくなるほど笑いました。

しかし、世代が同じというのはトークの流れを豊かにしますね・・・。アイドル歌手の話の盛り上がりのすごいこと。あそこまでいくと、沈静化させて話をすすめることができるのは彼女だけかも・・・。

無慈悲な話のきり方はもはや芸の域、喬太郎師匠を熱くさせるには案外よいパートナーなのかもと思ったことでした。

ああ、楽しかった。

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