荒っぽさが心地よくて実は超リアル MCR「シナトラと猫」
3月11日、下北沢駅前劇場にてMCR「シナトラと猫」を観て参りました。MCRにあひるなんちゃらの3名も加わっての合同公演の赴き・・・、初演のときは、最終日に「猫」バージョンを観ていて、(実はこれが作り手にとって大変な作品だったらしいことを今回のアフタート-クで知った)とても印象が深かった作品。
体裁をかまわぬぶつ切りのようなつくりに繊細でリアルな感覚が浮かび上がる、MCRらしい1時間30分ほどをたっぷり体験してきました
(ここからはネタばれがあります。お読みいただく際には十分ご留意ください)
今回のバージョンは「椎名」、三人姉妹の次女。演じるのはあひるなんちゃらの黒岩三佳、主人公ミカの0歳から死の少し前までの風景が演じられます。両脇に椎名の年齢と舞台上の場所設定が書かれた看板がつるされ、登場人物達はそれぞれゼッケンに役柄と椎名との関係を書いて演技をします。前回メインで観た猫ももちろん登場・・・、私が大好きだった福井喜朗演じるずっと猫のそばにいるおじさんも登場します。
生まれたときのエピソードから、幼いころの兄弟との関係、さらには小学校から中学校、初恋や友人との関係・・・、ひとつずつのエピソードは断片的なのですが、それぞれの場面に、まるで人生のちょっと思い出になるようなシーンが詰められていて、次第に重なっていくうちに主人公ミカの心の色や想いなどが人生を歩むがごとくゆっくりと積みあがって観客の心を支配していきます。
自分の感覚やペースでそれこそ奔放に生きていく母や、その母の心の赴くままに取り替えられていく父、特にかっこよくないどこにでもいる同級生・・・、それぞれに個性がある姉や妹・・・・。やがて母の夫になってさらには捨てられてしまう学校の先生・・・、そして公園にはなぜかミカと話ができる猫・・・。日常の生活の範囲でのエピソード、かっこいい話があるわけでもなく、特に不幸になるわけでもなく・・・。どこか思い通りにならないことが多いけれど、でも時には自分の気持ちを通せることもある・・・、そんな毎日が積み重なった人生。
作・演出・出演の櫻井智也は、不要な演劇的ディテールを荒っぽく切り捨てる一方で、主人公や周りの人々の繊細な感情の積み重ねを地道に行っていきます。ナチュラルな感情表現に、彼一流のノリ・ツッコミのセンスや突き放したような笑いを気まぐれに織り込んで、主人公のミカや彼女の周りの人々の人生を列車のダイアグラムのようにつなげていく。1年の中でエピソードが複数演じられたり、2年から3年物語が飛んだり・・・。
最初はばらけた話のように思えるのですが、しばらくするとその世界にいる安堵感のようなものがやってきます。母を演じた吉田久代の存在感が抜群で・・・。、死を意識したとき猫を介して同じ血を感じる主人公のエピソードにはほろっと涙して・・・。姉や妹、さらには友人達の微妙な関わり方にも肌に馴染むような不可思議な実存間があって。ご近所の知り合いを眺める感覚にも現実を思わせる距離感があって・・・。それらがやがてひとつにまとまっていく。ふっと人生の質量に思いを馳せてしまうような感じがじわっと訪れて・・・。
最後のシーンに至ってミカの人生から伝わってくる心地悪くはない軽さと、積み重ねられた過去に対する達観がいつまでも心に残る・・・。
理屈とかではなく、心にとてもしっかり残るものがある・・・。
この芝居における櫻井智也の表現って実は超リアルなのかもしれません。考えてみれば、現実には、主人公や登場人物の立場や存在ってまわりからは強く認識されたり深く考えられているわけではなく、むしろお互いにゼッケンに書かれた程度の関係性を意識しているだけのような気がするし、(名前が前に、たとえば「友人」とか「母」とかいう関係性が後ろに貼られていているだけ)、ふっと浮かぶ記憶に結び付けられた時間や場所も、舞台の上手と下手にかざりっけもなくあからさまにつるされた、主人公の年齢と場所(たとえば「空き地」みたいに)くらいしか実は心に浮かんでいないような・・・。
役者達のエピソードを演じるときのデフォルメ度合いやキャラクターどおしの距離感も、実はしっかりと現実の感覚にまで削り込まれ抑制されていて・・・。主人公の黒岩三佳のコアが明確にあるぶれない演技がその超リアル距離感をいっそう明確にしている。
そういう世界観で芝居を構築できるのが、MCRのMCRたるところなのでしょうね・・・。荒っぽかったり雑だったり、いまひとつ良くわからないキャラクターが舞台にいたり、うそっぽい表現もけっこうあるのに、終わってみると、芝居がもつ浸透圧に抗し難いような感じが残って、微妙で複雑な切なさに観客の心が満たされているのです。
今回の役者達は以下のとおり、例外なく安定した演技でしっかりと「シナトラと猫」ワールドを構築していました。3バージョン共通でひとつの世界を演じることができるのも、櫻井智也の世界観が役者達に共有されているからかもしれませんが、一方でその世界にちゃんと暮らすことができる資質をもった役者達の力量もけっこうすごい。終演後のトークショーで、初演時のエピソードがいくつか明かされたのですが、なんでも、たぶん私が見たであろうバージョンでは、前日に脚本が役者に渡されてやってみたら尺が40分も足りなくて夜の公演を前に昼にエピソードを継ぎ足していったのだそう・・・。まあ、話自体にも誇張も多少はあるのでしょうけれど、そういうのって、桜井智也が持つこの芝居群(3バージョン)共通の世界観がしっかりしているからこそできた離れ業なのでしょうね・・・。
(椎名家)
黒岩三佳・北島広貴・吉田久代・上田楓子、高橋優子
(櫻井家)
櫻井智也・伊達香苗・中川智明・おがわじゅんや
(学校)
渡辺裕樹・江見昭嘉・宮本拓也・小野紀亮・山田奈々子
(空き地)
関村俊介・福井芳朗
MCRの底力にあひるなんちゃら感覚もしっかりと楽しめて、平日ではありましたが観にいって大正解でございました。
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