吉弥のお仕事 沈黙を金にして
24日内幸町ホールにて吉弥師匠の会を拝見しました。今年は去年にも増して落語に浸ってみようと思っておりまして、その第一歩も兼ねて・・・。
実は先週見た鹿殺しを先にアップしようかと思ったのですが、いろいろと考えることもあり、先にこちらから感想を・・・
・古今亭志ん坊 「もと犬」
くっきりした語り口の噺家さん、同じトーンで語られる噺の導入部分にはやや平板な感じがありましたが、人間に戻ってご隠居の家にいってからは、このトーンの統一感がしっかりと生きていました。ご隠居としろの噺のかみ合わなさが着々と積み重なるように観客の笑いに変わっていく感じ・・・。噺の進め方に安定感もあって、よい出来の開口一番だったと思います。
・桂 吉弥 「たちぎれ線香」
三味線の師匠が帰阪の新幹線に乗るために、中入り前にもってきたというこの噺・・・・。まあ本当の事情はどうかしりませんけれど、この噺を聞かされてすぐ打ち出し太鼓では落語の会からの帰路として観客にちょっと思いが残りすぎるということなのかもしれません。たちぎれ線香といえば聴き応えがたっぷりあり、常識的にはやっぱりトリの演目だとは思いますが、そうはいっても会としてのバランスが崩れた感じはまったくなく、なんか気持ちよく客が帰れる感じ・・・。こういうのもありかなと感じさせる番組構成になりました。
NHK連続ドラマ「ちりとてちん」のもりあがりをひとくさり枕にしての本編、吉弥師匠の人物描写の鮮やかなこと・・。
まず瞠目したのが番頭のだんまり・・・、だまってタバコを一服やるしぐさのすばらしさ。枯れきった味わいのある番頭ならやる人はほかにもいます。しかし吉弥師匠の番頭には力がみなぎっている。演者の年齢も多少はあるのでしょうけれど、それだけでは説明できない力がぐっと表情に篭っていて、腹の太さというか豪胆さがしっかりと出ている。会場の空気がピンと張る感じ・・・。この力が番頭にあるから、蔵座敷前後の番頭と若旦那のやりとりがまた生きる。蔵に入れられる前の若旦那の青さというか未熟さもよう出ていました。番頭と若旦那を描く線の違いで、しっかりと人生経験の差を浮き上がらせる・・・。ただ、太い細いとかいう表現の違いだけではなく、線の色や背景の雰囲気も絶妙に描き分けて・・・。結果として、若旦那の事情だけではなく、当時の社会のフレームというか商家の定めのようなものがしっかりと表現されるから、こいととの顛末がますます不憫に思えてくる。
こいとのおかみさんについてはぐっと抑え目の口調で、これには功罪があると思いました。おかみさんの想いがちょっとぼけた感じ・・・。こいとを失う原因を作った若旦那への想いをすっと胸に収める感じは十分に出ていたのですが、番頭の人物描写をみているだけに内なる心情の表現がやや物足りない感じ・・・。ただ、その語り口だからこそ、演じられることのないこいとの人物像が見事に浮きあがったような気もします。お互いに一目ぼれをして、守られなかったひとつの約束に箍が外れて一途に走り出す姿・・・。「ロミオとジュリエット」のような年代の二人に一気に実存間が出てくる。こいとの朋輩が若旦那を見て「こいとちゃんの仇」というところをたしなめる仕草でおかみさんの色もすっと戻って・・・・。
三味線の音を背景にこいとに語りかける若旦那、酒をのむ一瞬の間になんともいえない切なさがありました。すりガラス越しで浮かんでくるようなその心情。長短さまざまな間にひそむ若旦那の達観と切なさが語り口からじわっと伝わってきて・・・。恥ずかしながらちょっとだけ涙がこぼれました。
中入り
・桂まん我 「ちりとてちん」
吉弥師匠の会で「ちりとてちん」を持ってくるベタさに嫌みがない。まあ、中入り前大ネタの「たちぎれ線香」がかかってしまうと、いくら休憩をはさんだとはいえ次の演者はそれなりに機転をきかしたネタで勝負せなならんでしょうし、だからといって勝負を逃げたようなねたでは客が許さんでしょうし・・・・。そういう意味での「ちりとてちん」、よい選択だったと思います。ネタ自体が場にしっかりとはまった感じ。また、まん我師匠の雰囲気がいいんですよ。さらっと出てきて彼の色がすっと立つ。その色が毒消しのわさびや梅干のように働いて、吉弥師匠の会での「ちりとてちん」をええ意味でのしゃれにしてくれはる・・・・。
そのほっとするキャラクターは枕からサゲまでずっと生きていました。明るさがあるのですが、それが眩しさではなく間接照明で照らされるような感じ。当たりはやわらかいけれど押しが意外と強い芸風で、気がついたら観客がその雰囲気に囲い込まれてしまっています。「ちりとてちん」はされる方がされるときわめてインパクトの強い噺なのですが、あたたかい華があるように感じるのも演者のキャラクターのなせる技でしょうか・・・。正統派なのですが、「ちりとてちん」が持つ毒ではなくいたずら心というか滑稽さを強くフィーチャーした感じで、その分観客がからっと笑えるの要素が強くなっていました。
まん我師匠のキャラ、これは武器ですよね・・・。彼の個性で新たな色が出てくる噺ってほかにもけっこうあるのではと感じたことでした。
・桂 吉弥 「かぜうどん」
売り声が枕になって、そこもお楽しみ。関西風の昭和の売り声(ローカルで有名な洗濯屋さんのテーマソング)なんかも聞けて場がすっとなごむ・・・。年代は違いますが、私が育ったのも大阪北部ということでその空気を肌に感じることができました。
本編、うどんやの心の動きがよく出ていて・・・。売れると思たらうれへんで、大丈夫かと思ったら大もうけ、その間のうどんやの喜怒哀楽が、まるで呼吸の音を聞くように観客に伝わってきます。どこか滑稽な感じはちゃんと残っているのですが、滑稽さを笑うよりうどんやに感情移入をしてしまうような感じになる・・・。
売り声が凜としているから、寒さもしっかりと伝わってきて・・・。最後の風邪ひきの客が食べるうどんの、なんともおいしそうなこと・・・。どっかのうどん屋の2階でこの噺を聞いてうどんを食べる会をやったらお代わり続出になりそうな・・・。
まあ、中身がぎゅっとつまった良い会で、ほんまにええ時間をすごさせていただきました。駅で晩御飯代わりにうどんを一杯、いつもより倍はおいしく感じられたことでした。
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