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まるで水彩画のような美しさ、マシンガン・デニーロ 美しきファーム

渋谷、ルデコというのは、いつごろからあったのでしょうか・・・。私が最初にたずねたのは夏のアロッタファジャイナ番外編が最初でしたが、密閉されたというか、タイトな印象のお芝居をつくるのにはとてもよい環境だと感じました。

作り手の創意工夫がダイレクトに生きる空間だと思います。

11月8日にそのルデコでマシンガンデニーロ番外公演「美しきファーム」を観ました。

マシンガンデニーロが場所をそこに選んだのもとてもよいセンスだと感じました。

(ここから先にはネタバレが存在します。公演自体は終了していますが、ご留意の上お読みください)

物語は廃校が決まった小学校、そこに3人の男女が現れます。頭に三角の布をつけていることを考えるとどうも死んでいるらしい・・・。昔小学校に埋めたタイムカプセルを掘り出しにいこうとして、運転を誤って田舎道のがけから転落して、死んだらしい。最初女性は自分が死んだことに気がつかないのですが・・・。

物語が進むうちに、3人が同級生であったこと、男がどうしてもタイムカプセルを掘り出したい事情、子供のころの3人の関係などがすこしずつ観客に露になっていきます。スーパーボールのエピソード、それぞれの境遇、そして必ずしも幸せとはいえない今・・・。

空間の使い方がとてもうまく、なおかつ彼らの演技に潜む一種の朴訥さのようなものが、森にかこまれたような周りの雰囲気をほのかに伝えていきます。手作り感の残る舞台は、工事現場でありながら一方で彼らの生活をも投影しているよう。

松崎映子は、まっすぐな演技のなかに生活観をしっかりと出すことに成功していました。彼女が過去を露出する演技というのは、ゆっくりと切れ目からなにかがまだらにあふれ出すような感じ、均一な表現でない分観客がひと膝前に出てしまいます。、それが狭い空間をゆっくりと拡散していく。すこし乾いた台詞使いだからこそ、彼女の中に潜むウェットな部分が現れてくる。これまでの公演で観た彼女の演技には何かを作り上げようという意思が観客をひきつけているところがありましたが、今回の演技には緊張はあっても気負いがなありません。観ているほうでも力いっぱいの剛速球を投げ込まれるのではなく、まるで肺が彼女から漂ってくる想いの微粒子に肺が満たされるような感覚がありました。静かなのにVivid・・・。彼女の演技にこれまでに経験したことのない不思議な魅力を感じたことでした。

菊池豪の演技は堅実で自らの思いやあせりを無理なく観客に伝えていたとおもいます。雰囲気とは異なり微妙なためらいやちょっとしたあせりのようなものを表すとき、実に感情の出し入れが上手で、松崎の演技とも不可思議にマッチしていて・・・。あと、なんというかこの人は、見えないものを見えないように演技する技術に長けていて、(物理的な部分ではなくメンタルな部分。たとえば自分の性格とか、虚言に隠れた気持ちとか・・・)それが物語の起伏をしっかりつけていました。

作・演出も兼ねる間拓哉には、どこか力の弱さを感じましたが、これが終盤にしっかりといきました。松崎や菊池と違う立場にいることを隠すための腐心の演技は弱くても決して陳腐ではなく、やわらかくても張りがある・・・。演じている人物のなかにしっかりとコアが存在するのです。終盤、全てが明らかになって朝日がやってくるまでの時間との戦いになったとき前半の彼の演技が見事に説得力を持ちます。まあ、演出だからということもあるのかもしれませんが、大局的に舞台を見据えた演技は物語全体をしっかりと支えていました。

観終わって・・・、最初に浮かんだのは水彩画をみているようだということ・・・。物語の全容は悲劇にちかいもので、そこには生と死の狭間がしっかりあって・・・。その喪失感にちかい表現の美しさには思わず息を呑むほど・・・。でも、その悲劇に心を動かされるということではなく、より深い感動が悲劇の外側から観客を包み込むのです。芝居全体の印象として陰影が薄く遠い背景は淡くぼけているように感じるのですが、そのなかに懐かしさを感じるような何かが醸成されていて心を捉えるのです。子役の朗読の効果もあったかもしれません。、スーパーボールのはじける勢いがひっぱってきた童心に心を動かされた部分もあるでしょう。しかし、一番大きいのはそれらを鳥瞰する場所を丁寧に築き上げた役者たちの表現力、そしてその世界を見晴らせる場所を見つけた作者のセンスだと思います。観客はその場所に立ってスーパーボールの乱舞をみたからこそ、ふっと時間を飛び越えて小学生のころの感覚に身をおくことが出来た。昼休み、あるいは放課後の時間が長く思えたあのころ・・・。楽しいことばかりではなかったけれど、でもそれなりに未来を見つめていたことまでが心によみがえってきて・・・。工事現場のようば舞台がまるでタイムマシンのキャビンのように思えて・・・・。そして、舞台上の人物と同じように今に立ち返る・・・。

マシンガンデニーロ、本公演などに見せるグルーブ感とはちがった繊細な筆遣いで観客をひと時別の世界に運んでくれました。

数十人の前で演じられた3人芝居。佳品であり本公演にはないメンバーのセンスが生きた作品だと思います。心の底に沈んでも、あるときふっと思いだすような・・・。このような公演もひとつの路線として定着させていただければ・・・・。芝居好きとしては贅沢な楽しみがまたひとつ増えるというものです。

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