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東西落語研鑽会 積み重ねていく話術

11月26日、よみうりホールにて東西落語研鑽会を観ました。たっぷり3時間の落語会、キャパ1100の開場は満員の盛況で昨今の落語ブームの勢いを感じました。

最初に登場は桂つく枝、主任が桂三枝ということもあって、一門の紹介で場を和ませます。枕もよく練られた秀逸なものでした。ラクゴリラのときにも思ったのですが、つく枝師匠が客を取り込むときの口当たりのよさは本当に客を和ませます。大きな会場がすっとつく枝師匠でまとまる感じ・・・。

お題は「四人癖」、上方落語の華が登場人物それぞれからにじみ出るような感じで、きっちりと会の流れを作り上げる・・・。語り口がはっきりしているところもつく枝師匠のいいところで、抜けがよいので引き込まれる場内の笑いが明るい・・・。会場の大きさを意識してからか、動作も大きくとるのですが、所作がしっかりしているのでそうしても動作がぼけない。サゲまでの仕込みもしっかりとしていて、笑いが順々に積み重なっていく感じ・・・、本当によい高座やったと思います。

続いての柳家喬太郎、落語台本コンクールの表彰式も兼ねたこの会で、優秀賞を演じる大役を背負っての登場です。演目は「夢で逢えたら」(作:冨田龍一)。ちょっとすねたように登場すると、六人の会主催の落語会で受賞作品をなぜそのメンバーが演じないかと一くさり・・・。拗ねたようなしぐさに場内大爆笑です。さらに優秀賞の台本を自分がやりやすいように少し変えましたという断わりがはいるのですが、そのあたりの持っていきようがまたよくて・・・、毒があることには間違いないのですがその盛り方が実に秀逸・・・。洒落の世界の徳俵を使ってぐっと客をうっちゃる感じで・・・。

作品はどちらかといえば人情噺、噺の中で登場人物がしっかりと描かれていてこれは作者の大手柄・・・。夢を見る枕や魚の名前が女の子の名前に摩り替わる部分も無理がなく、本来知恵者のご隠居さんが天然系のぼけをかますところも観客には心地よかったです。枯れたはずのご隠居が見る夢が、吉原の酒池肉林から金銀財宝、そこまで憎めない欲ボケキャラクターのイメージを積み重ねておいて終盤でブレーキをかけると思いきや、あぶないフェチ系のギャクにまで走らせるところが喬太郎師匠の真骨頂、物語の間にいろいろと盛り込んで、長演となり積み上げた物語の骨格がちょっとだれてきたかと思うと、冒頭の六人の会をいじったところを伏線に地に戻って高座を引き締める。観客はいったん地に戻されてもう一度物語に引っ張り込まれることで、新鮮な感覚でクライマックス@人情噺の粋を感じ取ることができたわけで、その臨機応変、場を見て事をなす喬太郎師匠の高座さばきにはもう惚れ惚れするばかりでした。

その後の表彰式の中で、喬太郎師匠はふたたび作者に台本を一部アレンジしたことを侘び、画龍点睛の故事からどんな噺でも最後に点を打つのは噺家の仕事、点は噺家がうたせてもらったけれど、噺がすばらしいとすればそれは作家が見事な龍を書いたからと締めました。喬太郎師匠が自らの持論と前置きしての話でしたが、喬太郎師匠の芸人としての心意気や芸を支える強い想いの一端を見せてもらったようで感服したことでした。

仲入りのあとは柳家花緑師匠。演目は「唖の釣」枕の語り口の朴訥とした部分はちょっと薄暗いというかトーンとしてはモノクロをイメージさせますが、噺に入るとぱっと色がついたようにトーンが一気に変わります。与太郎のバカっぽさのデフォルメがとてもしっかりしていてなおかつ嫌みがない。実存感があるのです。バカをバカとしてあいまいに飼っておくのではなく、花緑師匠は与太郎をしっかりと人物として描いていきます。その積み重ねが後半の笑いを大きく拡大していきます。

終盤の与太郎と寺侍との会話のリズムのよさ、さらに七兵衛の聾唖者ぶりのしっかりしていること。花緑師匠の底力がしっかりと出たよい高座でありました。

続いては林家正蔵、「鬼の面」。丁寧な語り口、ややテンポのゆっくりした語るような口調はしっかりと観客にとどいていきます。生真面目な芸風が伝わってきます。筋道を大きく広く見せる感じ・・・、悪くはないのです。

ただ、噺がつみあがっていくときに縦への伸びのようなものが感じられない。物語が横に順番に並べられていく感じ。噺につよさやわかりやすさはあるのですが、膨らんでいかないのです。ここ一番でぽーんと羽目をはずすような部分や、ふっと観客を弛緩させるようなところがすくない・・・。けっして芸がないわけでもないし語ることへの意欲もたっぷり感じるのですがどうも起伏に乏しい感じがするのです。よしんば人情噺であったとしても、観客がふっと我を忘れて入り込む仕掛けはあるわけで、そこに凹凸がないと聴いているほうも今ひとつのっていけない・・・。まあ、大きな会場ですからそのあたりの機微の出し方も難しい部分があるのでしょうけれど、もっと自分の感情を芸に乗せて羽目をはずしてもよいのではないかとう気がしました。少なくとも故三平師匠のお弟子さんでもあったのですから。

トリは桂三枝、「宿題」。さすが上方落語の重鎮と呼ばれるだけあって、高座に貫禄があります。どっしりと抑えた感じで秋の園遊会に招かれたことネタにして・・・。ちょっと下々のもんと違うぞというプライドがいやみの域に入らないぎりぎりのところに垣間見えてこれがなかなかきわどく面白い・・・。尊きところとの会話をねたにして自分をぐっと低くして落差を作る。思わず爆笑してしまうとあとは三枝師匠の手のひらという感じ。

噺に入ってもプライドと現実の落差の部分を積み上げることで三枝師匠は笑いをどんどん積み上げて生きます。父であり上司であるはずの主人公が小学校6年生の算数ができないとはいえない。問題をくさすところなど、プライドを守ろうとする父親のあがきがどんどん膨らんでいく感じで笑いが波状攻撃でやってくる。これでもかというくらい「あがきねた」が積みあがっていき、そのたびに笑いが膨らむ感じ。京都大学卒の部下に鶴亀算を教えてもらうくだりも秀逸で、そのあがきのおろかしさからさらに笑いがやってくる。塾に父親の資質がためされていたというオチには後口のよい苦味も含まれていて・・。小さな会場で同じことをやったらちょっと鼻につく部分もあるのでしょうが、そこは場をしっかりと把握していらっしゃる三枝師匠、大きな会場にはまさに栄えるグルーブ感いっぱいの見事な高座でした。

落語という芸は、ある意味積み重ねの芸なのかもしれません。噺を語る中で、笑いや感動の要素をどれだけ重ねて深くしていくが、芸の値打ちを決めていくような・・・。

そういう意味では重なりをたくさん感じた落語会だったようなきがします。ほんま、大きな会場で割れんばかりの笑い声がてんこ盛り。よい会でした。

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