« 空間ゼリー「穢れ知らず」 炭が熾り崩れるがごとく | トップページ | 「穢れ知らず」2回目 ワンステップ内側へ  »

アロッタファジャイナ夏祭り・・・、6時間でもてんこ盛りを感じない・・・

これも少し前の話で恐縮なのですが、アロッタファジャイナ夏祭り、9月2日の楽日を見てまいりました。

これは、贅沢な企画でした。観客が50人はいればきつくなる様な空間(渋谷 Le Deco)で、プロの役者のいっぱいいっぱいの芝居を観ることができるのだから・・・。役者と観客の距離は最長でも10m未満、観ているほうが緊張するほど・・・。

ワンデーチケットを買えば、その状態で、一時間前後の舞台を5本に加えて野田秀樹の「農業少女」まで観ることができるのです。

見所も満載で・・・。クオリティもいろいろで・・・。でも全部が同じタイプでクオリティもそろってというよりは絶対に面白かったと思います。おかげさまで時間の長さをまったく意識しない充実の時をすごすことができました。

一応私なりの寸評なども・・・。

新津組「夏に遅れます」

導入から虚実入り混じった感じで開口一番としてすっと客を取り込んでいました。関西出身の私としては小さなツボがいくつもあって思わず吹いてしまったのですが、全体を通してみると「もっと弾けられる器なのに」という感じはしました。コメディアンとしてベースになる技量は舞台の端々から強く感じるのですが、物語の引っ張り方やはずし方が安全牌で通している印象もありました。もっとどろくさく演じるかとことんまで淡白に演じる力は絶対あるのに・・・。たとえ10のうち8すべっても残りの2で十分覆いかぶさるような笑いが波状攻撃でとれるのに・・・。途中で出かかっていたグルーブ感が霧散してしまうシーンの切り方があったりして歯がゆかったです。でも、このユニット、また観たいですね・・・・。ユニットとして継続的なライブとかやっていらっしゃるのでしょうか。

出演:新津勇樹 西島浩舗

藤澤組「一日の必要量の1/3のコント」

いくつかの話のそれぞれにモトネタの影があってある意味パロディを観ているような印象を受けました。第一話はパンチラインを言う為に延々と物語を仕込んだような感じすらして、個人的には好きだったのですが、やるならもっと最後を際立つように決めてくれないと観客も頷きにくい感じがしました。2話、3話ともどこかシュールな側面があって嫌いではなかったのですが、あれをやるなら舞台や演技がもっとソリッドなほうが観客には伝わります。センスが根底にちゃんとある分、建物にあたる演技ももっとデザインされていてもとは思うのです。化けるとコアなファンを魅了するようなカプセルをいくつも内包しているような気がするのですが・・・。

作・演出・出演 藤澤よしはる 

出演 大石綾子 齋藤新平

安川組「恋」

安川結花という役者の才に瞠目させられました。彼女が演技を始めると、そこには糸が一本ぴんと張られた感じ。その糸を感じたときにはもう彼女に取り込まれていました。子守唄を聴いた赤ん坊が眠るのに理由がないように、彼女の言葉に身を任せる心地よさには理由なんてありません。誘い込まれるように物語のなかにいました。

そして、もっとすごいと思ったこと、彼女はちゃんと風景を作るのです。それも鮮明に・・・。彼女の読み上げる物語にはしっかりと風景がみえる。それどころか図書館の独特の匂いが観客を落ち着かせる。最初はライトや音響のうまさかと思ったのですがそうではない。音楽からずれた風景が彼女の後ろに見えましたから・・・。会場が狭かったから?。なら他の役者の演技にも彼女と同じような背景は見えたはず。やっぱり私が感じた風景は彼女の演技の賜物なのです。

はじめの数行で彼女の世界が私の心に浸潤し、あとは彼女の紡ぎだし織り上げられていく物語に遊ばせていただきました。まるでバーチャルリアリティのなかにいるように・・・。共演した菅田将輝の淡々とした演技がますます安川の演技を引き立てたのも事実ですが、やっぱり安川さん自身がただものではありません。

松枝佳紀の台本も、言葉にリズムがあり物語のながれにも無理がなく秀逸だったと思います。ただ、上演時間の関係もあるのでしょうか、結末に物語を導くときのやり方だけ、物語の尺からみてほんの少しだけアンバランスだったというか急いだ感じがしました。

作 松枝佳紀

出演 安川結花 菅田将輝

野木組「月落トのみなも」

物語の構成がびっくりするほどユニークというわけではないのですが、きちんとした骨格があったのが勝因、それゆえいくつかのイメージが重なり合ったとき破綻がなく大きく広がっていったのも勝因、でも一番大きな勝因は舞台に上がっていたすべての役者のテンションがしっかりと保たれていたことだと思います。感心したのは、終盤滝野裕美の長めのせりふの美しさが舞台に立つ全員の芝居で保たれていたこと。滝野のまなざしの美しさにも目を奪われたのですが、誇張でもなんでもなく、舞台に立つ他の役者一人ひとりの表情がそれぞれ一条の宝石の輝きにさえ思えて・・・。

井川千尋の演じる芯の強さの向こうに儚さが垣間見えたのも、秋山裕美の中に潜む絹糸のようなデリケートさが浮き上がったのも、シーンの中心で演ずる役者の力であると同時に同じタイミングで舞台にたつ役者全体強い意思の賜物だったと思います。

女優陣の息を呑むようなテンションに加えて男優陣もよかったですね。台詞の芯の強さやタイミングが観客にストレスをまったく与えませんでしたから。あと、これは偶然かもしれませんが、役者たちの声の異なるトーンがすごくよいバランスで、その美しい台詞とともにまるで一遍の詩篇の朗読にさえ聞こえるのです。

静かで美しい風景を舞台に感じながら、一方で観終わったときには強い高揚感がありました。硬質なガラスに固められたような感覚は役者たちの集中力に心が縛られていたからに違いありません。やがて場内にざわめきがもどって心が融解していくときに、急に目頭が熱くなりました。

作・演出・出演 野木太郎

出演 滝野裕美 井川千尋 近石博昭 峯尾晶 秋山裕美

松枝組「農業少女」

私にとっては野田MAPの番外編にて初演されたときの印象を今でも忘れることが出来ない作品です。野田秀樹の世界観が彼の作品群の中ではコンパクトな広さのなかで具現化していて・・・。一方で当時の時代に対しての切迫感が従前の作品にくらべて切実に感じられました。松尾スズキの退廃感や明星真由美の持つ毒、一方で深津絵里のベクトルを定めぬ一途さとそれらを包括するような野田秀樹の刃物を含んだ柔軟さ。これらが重なり合ってある種のカオスが生まれ、霧が流れるようにカオスが霧散した後に、少女のベースになるものだけが残っていた、そして残らざるを得なかった・・・。深津の苗を植える姿の美しさと対比をなすようなカオスから発せられる匂いが野田独特の色付けで、今から思えばバブル崩壊に疲弊しつくした時代を投影し、軽薄とも思える世俗の流れをとりこみ抽象化していました。

今回の松枝組「農業少女」は野田版にくらべると非常にマイルドになった印象があります。初演時には物語を外側から眺めていた印象があったのですが、今回松枝演出ではずいぶんと物語が近くなりました。その結果として観客は物語をより現実に近い世界で感じることが出来た気がします。一方でそれぞれの登場人物が内に持っていた感情や感覚が伝わりにくくなって、結果として農業少女が田植えを続ける最後のシーンの必然が弱くなった感じは否めませんでした。観客にとって具体的に実感できるものが多くなるとその分概念が入りにくくなる・・・。二律背反のさじ加減はまさに演出の感覚なのでしょうし、時代が演出家にそれを変えさせる部分もあるのかもしれませんが・・・。

役者は粒がそろっていました。岡村麻純は感情の出し入れに長けた役者さんであると同時に意思の強さを内側に持った演技をする力もありました。ただ感情の起伏をもっと大きく持った表現が見たいとも感じました。ナカヤマミチコは演技にぶれがなく物語をしっかり安定させるバランス感覚も十分で観ていて安心感がありました。松崎裕にはある種の懐の深さがあって物語に陰影を作っていたし藤澤よしはるの演技には切れがあり物語のコアにいたる道程をしっかりと作っていました。

そう、「農業少女2007」とでも呼びましょうか・・・。野田初演とはかなりテイストも違っていたけれど、でも、岡村麻純がゆっくりと稲を植える仕草を重ねるごとに戯曲がもつ普遍性が観客に伝ってきます。物語の秀逸さを感じると同時に、「変わり続けるけれど変わらない、それは舞台芸術が根源的に持ちえる特質なのかもしれない・・・。」そんなことまで考えさせてくれる作品でした。

作 野田秀樹  演出 松枝佳紀

出演 岡村麻純 ナカヤマミチコ 松崎裕 藤澤よしはる

 

終わったのは予定を30分押した6時半、最後はすこしせわしなかったけれど、それもまた手作りの味・・・。申し訳ないくらい楽しませていただいた日曜日の午後でした。

R-Club

 

|

« 空間ゼリー「穢れ知らず」 炭が熾り崩れるがごとく | トップページ | 「穢れ知らず」2回目 ワンステップ内側へ  »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アロッタファジャイナ夏祭り・・・、6時間でもてんこ盛りを感じない・・・:

« 空間ゼリー「穢れ知らず」 炭が熾り崩れるがごとく | トップページ | 「穢れ知らず」2回目 ワンステップ内側へ  »