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空間ゼリー「穢れ知らず」 炭が熾り崩れるがごとく

劇団空間ゼリーの公演「穢れ知らず」を観てきました。前回公演(「空間ゼリー」)が非常に印象に残っていただけに、今回はいかにと、期待9割不安1割ぐらいで劇場に足を運んだのですが、結果は期待をはるかに超えるものでした。

(この先ネタばれがあります。公演をごらんになる予定の方は十分ご留意ください)

物語は息がつまるような閉塞した田舎の織物工場を営む一家とその周辺の人々の話、、東京に出て6年、父親の葬儀にも戻らなかった長女が帰省してきたことで、それぞれの想いが複雑にかさなりあって現出していきます。

登場人物個々の想いは、たとえば火鉢や七輪の炭のようにつみかさなっていて、一本が熾るとその熱で別の炭が熾り、さらに別の炭が熾っていきます。その炭の重ね方が秀逸で熾り方が一様ではなく・・・。空気の通り方ですぐに熾る炭、あるいは別のものが燃え崩れる中で次第に芯が輝く炭・・・・,さらには灰に隠れてくぐもり続ける炭・・・。

作者の坪田文は登場人物たちの内外を実に緻密に描いていきます。この緻密さが観客の視点の先を舞台全体の傍観の位置ではなく、登場人物ひとりひとりのディテールに引っ張っていきます。ディテールは人物に限りません。ルーティンとなっている生活、食事、夏休みの登校日、おやつのスイカ・・・、それらが登場人物の姿を瑞々しく浮かび上がらせていきます。

結果としてふつうの芝居と解像度が違うというか・・・。密度を持ちながら驚くほどの視野が確保された物語が観客に提示されます。それぞれの炭の熾り方から、炭から発せされる光、さらにはドミノが揺らぎ倒れるがごとく不規則に崩れるもの、崩れてさらに伝わっていく熱・・・。やがて重なり合って炭たちが舞台全体に熱を発散し始めても、坪田描写の虜にされた観客はお互いに熱を与え合う炭たち一本ずつの行く末から目をそらすことができません。東京から帰ってきた長女はもちろんのこと、舞台となる佐伯家の家族、おじ夫婦から長女の昔の友人、さらには工場の従業員まで・・・・。それぞれの言葉や動きには必然がしっかりと内在しています。坪田の緻密には必然が裏打ちされているのです。必然は因果を生み、因果はやがて重なりあい、想いが交差しあからさまになっていきます。観客は、瑞々しい生活に潜んだやわらかなカタストロフへの道程を、因果の行きつくさき、さらには崩れていく炭たちそれぞれの強さやはかなさとして舞台から肌で感じることになるのです。

役者たちもこの緻密さをしっかりと具現化する演技を見せます。すごいとおもったのは役者たちが自らの役柄が持つ感情をノイズやデフォルメを感じさせずに伝えていること・・・。演出 深寅芥の秀逸さの証でもあるのでしょうが、役者たちの感情表現に力みがないのです。観ているほうからするとあるがままにまっすぐに入ってくる感じ・・・。悲しみ、不安、怨り、よろこび、・・・。前回公演のとき同様、少し台詞が走ったり、台詞が一瞬詰まったりがまったくないわけではないのですが、それらのことも流れのなかで受け入れうるような空間を役者たちは構築していきます。

役者の中で今回も一番目をひいたのは細田善加でしょうか・・・。しなやかな演技のなかに鋼のような強さと繊細な感情の出し入れが同居していて・・・。キーとなる場面で、物語をしっかりと回せるパワーがあり、せりふがない場面での立ち居振舞いにもゆとりがあって場をしっかりと作って見せました。

目をひいたといえば下山夏子もそう、強さをもった台詞回しとは真逆ににじみ出てくる登場人物の繊細さがとても印象にのこりました。彼女が作り出す陰影には観客を引き寄せる硬質な磁力があります。怒りなどの表現も前回公演よりしっかりと足が地に着いた感じで、勢いを失わずなおかつ抑制が効いたよい演技だったと思います。

藤けいこの演技には役柄が持つ建前と本音をひとつの表情に収めるような器用さが良く出ていたように思います。一瞬の表情の作り方が本当に上手で、特に都会を思う表情には、場の雰囲気を染めかえるような力がありました。笑顔にいろんな感情を差し込める、良い意味でユーティリティーが高くマルチパーパスな・・・・。器用貧乏ならぬ器用リッチな女優さんで、こういう人が舞台にいると舞台全体の流れが豊かで滑らかに見えます。

河野真衣が演じる役柄が持つ不器用さの表現にも感心しました。演技に芯の太さとやわらかさが同居していて、役柄が持つある種の鈍感さ、特に鈍感であることの強さや弱さがしっかりと表現されていました。彼女は感情に重量感を持たせることができる役者さんで、今回の舞台にもその才が生かされていたと思います。

冬月ちきが演じる役柄には周りが崩れていく中でのニュートラルさが求められていたように思います。そのせいでしょうか、彼女の演技には色を消すような冷静さが感じられました。観客側から観ると彼女が随所で舞台の密度のスタビライザー役をしていた印象があります。地味な役回りなのかもしれませんが、暗転のほとんどない舞台の流れの中で、彼女の役割は大きかったように思うし、それに答える着実な演技でもありました。

篁薫には存在感がありました。役者の中で唯一デフォルメの匂いを強く感じましたが、その果実として役柄が持つ狂気がしっかりと観客に届いていました。彼女の狂気が十分観客に伝わらないと、物語の因果が明確にならないばかりか夫の出奔シーンの説得力が半減するのでしょうし、その狂気を最後まで支えきってみせたパワーには驚かされました。

出奔シーンという意味では榎本万里子も本当によい仕事をしたと思います。出番的には比較的少ないのですが、伏線となるべき部分の演技がとても安定していました。。全体を通しての地道とも思える演技の裏側で彼女の想いは観客の潜在意識に見事に焼き付けられ、何かがこと切れたような出奔のシーンに大きな説得力をあたえてくれました。

岡田あがさには舞台の視線を引っ張るほどの華があって、田舎に東京から戻ってきたという設定やその母が男をまよわせたという設定に十分な説得力を与えていました。彼女が持つ透明感には独特のやわらかさがあり、彼女が隠し持つ想いや真実は乳白色のベールで覆われているような印象すら受けます。そのベールの翻り方で高潔さと生々しい女性としての感情がゆったりと出し入れされて行く感じ…。不安や怯えの表現には多少脆さもあるのですが、彼女の内側から溢れるような感情には観客を瞠目させるほどの力がありました。

男優陣も安定していました。尾浜義男が妻を介抱したあと、出奔を決心する表情は観客の心をきちんと捉えていました。水谷一人は相手の演技を受けるタイミングというか間がとてもよく、彼がからんだ会話のシーンはとてもビビッドに見えました。宮原将護は重い役で、物語の基幹ともなる部分を背負いましたが、相手の演技を支える力が内側に感じられて女優陣の演技に対してもしなやかな対応にも好感が持てました。

前回公演ではカーテンコールの間、驚愕の中で拍手をしていましたが、今回はエンディングテーマが流れる闇のなかで、ふーっと長い息をはきたくなるような充足感に満たされていました。冷静に考えれば、行き場のない悲劇的な物語の顛末を観ていたのに、なぜか満たされた感覚が心を支配していました。

それは語られた物語の起承転結がすっと入り込んで心を潤したからかもしれません。ぶっちゃけた言い方をすれば「ええもんを観た…!!!」という満足感があって・・・。そしてしばらくしてから、語られた因果の形状の美しさと重さに瞠目することになるのです。

まあ、さらに言うと、その次にはとんでもない空腹感がやってきます。知らないうちに自分が舞台に取り込まれている間に使ったカロリーの大きさをしっかりと感じられます。途中、舞台で使われていた煮物やそうめんなどの消えモノがほんとうにおいしそうに見えて・・・。細田さんの演技の賜物でスイカも本当に甘そうだった…。しかし、そこまでカロリーを消費するような集中を無意識の観客から引き出すこの舞台、まさに恐るべし・・・。

もちろん第一級のお勧めです

空間ゼリー VOL8

「穢れ知らず」 (蜜柑組)

作:坪田文 演出:深寅芥 

出演:岡田あがさ ・ 下山夏子 ・ 河野真衣 ・ 細田喜加 ・ 篁薫 ・ 冬月ちき ・佐藤けいこ ・ 榎本万里子 宮原将護 ・ 尾浜義男 ・ 水谷一人

@ 阿佐ヶ谷ザムザ 9月9日まで上演中とのことです。 

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