限界の先に見えるシュールなロマン 笑福亭福笑独演会
9月24日に笑福亭福笑独演会@下北沢「劇」小劇場、たっぷり楽しんでまいりました。
三遊亭天どん 「お見立て」
開口一番は三遊亭 天どん師匠、去年は仕込を忘れてぼろぼろになり、福笑師匠をして「下手や」と言わしめた噺家さんですが、今年は味がある高座でした。お題は「お見立て」、新作でしくじったから、仕込みを忘れないように古典を選んだというちょっと自虐的なところ、その流れで枕のちょっとぶっきらぼうなところが、登場人物の喜助のキャラクターにすっと重なり合って噺の視点が定まったところが一番の勝因だったかと・・・。
田舎者の客、木兵衛大尽の得体の知れないキャラ設定と、花魁喜瀬川の場末の飲み屋のホステスを想起させるような演じ方が枕から作り上げた高座全体の雰囲気にしっかりとはまって、間に挟まった喜助の開き直りの妙なおかしさがぐっと観客を包み込んでくれました。こういう味が出せるのってある種の才能ですよね…。毎週聴きたいとは思わないにしても、時々飢えたように噺を聴きたくなる落語家っているもので・・・。そういう地位を獲得しうる噺家さんなのでしょうね、天どんさんって…。
笑福亭福笑 「江戸荒物」
福笑師匠の最初の話は「江戸荒物」、東京で「江戸荒物」を演じるっていうのもなかなか勇気がいることだと思うのですが、「おうこ」とか「いかき」などの昔の言葉の解説に混ぜてさりげなく「切り藁」がたわしのことだとか、昔の大阪では「How much?」と聴くときに「いくら?」といってもわからないことを説明して、観客に噺の基礎知識を授けていくあたりの語り口にもしっかりと力があるのになめらかで・・・、だみ声からなんであんなアルファー波がでてくるのかわかりませんが…。「よそで言うたらあかんよ」ってな感じで観客を引き込むペースをつかんで、枕から気持ちよくわくわくさせてくれます。
噺に入ると高いテンションで一気に押し切る芸風全開、主人公の気合の入り方もさることながら奥さんが途中でいやになるところがもう絶品、客を前に夫婦喧嘩に発展するところなんてもう観客が息を詰めてしまうほどで・・・・。苦しくなるほど笑いながら師匠の表情から目が離せない。場内はマイクなし、肉声で、席が前から3.5列目の中央ですからそりゃ迫力が違います。
で、この噺、福笑師匠の繊細な部分がしっかり出てるんですよ。江戸っ子がお店にやってきたくだりでのちょっとためらうような仕草、田舎からでてきた奉公人を演じるときの表情、勢いのなかにしっかりと至芸を詰め込んではる・・・。そういう芸で客の無意識の領域を取り込んでから勢いを一気にあげるから客が噺にのったまま疾走ができる・・・。なにせ「劇」小劇場ですから、大きい劇場だと見過ごしてしまうような細かい部分までたっぷり味わえて贅沢この上ない。
サゲをゆっくりと語り終えての満足そうなお辞儀にも納得でした。
神田茜 講談 「幸せの黄色い旗」
今回は仲入りがありません。まあ、あの小屋で途中休憩があっても場内が大混乱になるだけでしょうけれど、休憩なしで福笑師匠の後に出てくる人はかなりきついやろうとちょっと心配していたのですよ。
しかし神田茜さんは強かったですね・・・。動じてませんでしたもの。張り扇のバリエーションも大爆笑でしたが(特に立って講釈ができるようにとつくったという飛び道具風の扇の企画倒れぶりは思い出しても笑える)、本編はなかなか人をひきつけるもので、なんというか講談を身近に感じることができました。ここ一番の声の張り方、凛としていて聞いているほうも背筋がしゃっと伸びる・・・。講談に新作があることも初めて知りました。初心者には馴染み深くて…。講談ってほとんど聞いたことがなかったのですがいっぺん長いやつも聞いてみたいと思ったことでした。
笑福亭福笑 「絶対絶命」
(落語でネタばれもなんですがここからは新作落語のネタがらみの話がありますので、「絶体絶命」を聞いたことがない方は要注意です)
福笑師匠の2本目、かねがね噂に聞いておりました「絶対絶命」です。枕を聞きながら、若いころの過激な福笑師匠からすると確かに丸くなったなぁなどと思っていたら、噺にはいるやいなやいきなり便意をこらえる女性の描写から始まります。田舎のガソリンスタンドにトイレを借りに来た女性、ガソリンスタンドのトイレが故障中で回りにも民家ひとつないという状況で、その切羽つまった描写とガソリンスタンド従業員のゆとりのギャップがめちゃくちゃおかしくて・・・。まあ、下ネタといえば下ネタなのでしょうが、デフォルメをしっかり加えた人物描写が下ネタの下卑な部分や猥雑感をみごとに拭い去って物語をまっとうな落語として成立させていきます。すぐちかくにラーメン屋があると知らされて、よく聞いたらトイレなど望むべくもない屋台だと知ったときの女性の絶望感の表現はまさに大向こうをうならせるほど。仮眠でとまっている10トントラックの下りには、福笑師匠独特ののりがぐっと感じられて、笑いが逆落としのように降ってきたりぐぐっと盛り上がるようにやってくる。
しかもこの噺、予想だにしなかった方向へ展開します。結局近くの肥溜めで野グソをすることになった女性、紙を持っていなくて桑の葉で拭くようなはめに陥るのですが、ふっと夜空の満天の星を眺め、また極度の緊張から開放されたせいか、なんとロマンチックな気持ちになって、野つぼまでついてきてくれたガソリンスタンドの従業員に恋心を打ち明けるのです。しかも排泄しながら・・・。怒迫力の排泄音とロマンチックな乙女心のものすごいミスマッチ、さらには、排泄しながらの求愛の言葉がかもし出すこっぱずかしい甘さ、その一つ一つの表現が芸に裏打ちされた完成度の高さで来るわけですから、これはもう不条理にちかい世界、まったく両極にあるたぐいの羞恥がいっぺんに混ざって、しかも「さもありなん」とばかりに存在するその摩訶不思議さ・・・。もう笑いを通り越して別の世界に飛んでいってしまうような不思議な感覚・・・。これだけのものを創造し具現化できるのは落語の世界だけだろうし、また作品として構成し演じることができる当代の噺家を私は福笑師匠のほかに思いつきません。最後のサゲの妙に生々しいところなんて女性の業すら見るようで・・・。それこそぞくっとするような感覚までやってきて・・・。
何回も言いますが、下ネタといえばおっしゃるとおり・・・、しかし下ネタもここまで昇華すれば人間のカオスをも表現する立派な芸術の粋だと思います。それをわずか100人強の劇場で肉声で堪能できる幸せ・・・。
こういう会は年に1度では少なすぎます。季節ごとにやっていただかないと・・・。四半期に1度ということで年間通し券とか発売したら絶対売れまっせ・・・。「劇小劇場での独演会をつづけていただけるのであればこんな贅沢なことはないですし・・・、回数を増やしても絶対観客は集まると思うし・・・
まあ、会場の設営の仕方とかにはちょっと不慣れさもあったのですが、それも回を重ねるごとによくなっていくのだろうし、(バックに白幕を引くだけでもずいぶんと感じが違って噺家さんが映えるだろうにと思ったり、演劇用の照明だと噺家さんにはちょっと強すぎるように感じたりと次回は改善したほうがと思う点もありましたが)
首都圏の皆様、あんまり人に教えたくないけれど、福笑師匠がお近くに来たときにはぜったいきいておかないと損でっせ。会場には関西弁が充満していましたが、上方落語ってもう関西人だけのものではない。関西人の方以外でもお勧めでございます
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