同じ幹からでたちょっと違う枝 野田MAP 「THE BEE ロンドンバージョン」
これもちょっと間があいてしまいましたが、15日に野田MAP 「THE BEE」のロンドンバージョンを見てきました。
昼間はポツドールで三鷹、夜はポツドールで三軒茶屋、台風を気にしながらの移動でしたが、雨にもあわず風もそんなになく・・・、心配しただけ損をした感じ・・・。本当に騒いだときっていうのは案外物事がうまく運ぶようです。逆に翌日の中越沖大地震のニュースにはびっくりしました。
(ここからネタばれです。未見の方はご了承の上お読みくださいませ)
ロンドンバージョンと日本バージョン、台本が同じだから、舞台上のせりふはほぼ同じです。しかし後半部分の印象はやや変わったものになっていました。
実は事前情報から野田秀樹の女性役と主人公女優(キャサリン・ハンター)の男性役がどのような効果をもたらすかを一番注目していましたが、これは日本版とほぼ同じようにというか、ごく普通の男女関係として機能していたように思います。英語のニュアンスだとなにかあるのかもしれませんが、私には男女を入れ替えたキャスティングに特別な意図がまったく感じられませんでした。キャサリン・ハンターは一貫して男性としての誇張がなく男性を演じていたし、野田秀樹は女性の誇張をすることなく女性を演じていただけ。。野田は、たとえば「贋作罪と罰」でも女装をして老婆を演じましたが、その時には男性が女装をすることで役が持つ因業な部分を強調するような意図を感じました。しかし、今回は女性であることへの強調自体がまったくないのです。しかも女性だった。
たぶん、それでもニュアンスの違いを感じたことについての一番の理由は舞台装置だったかもしれません。。紙を大胆につかった日本語バージョンに比べてロンドンバージョンは透き通った壁、モールドっぽいゆかとゴム紐で舞台を作っていきます。前半の感じはそれほど変わりなく、登場時の主人公にある種の小心さが現れていた日本バージョンに比べてロンドンバージョンではビジネスマンとしての成熟が感じられたくらい。このあたりはサラリーマンの国民性の違いなのでしょうね・・・。後半、主人公の立てこもりに入ってから物語のニュアンスが日本バージョンとロンドンバージョンで若干変化したように思います。紙であらわされた床や不透明な壁は立てこもった世界の閉塞性を強調し、紙が千切られてぼろぼろになっていくさまは、暴力の果てに崩れていくものの暗示のように感じられました。一方ロンドンバージョンでは広報の壁の外側がより見やすくなっており、立てこもられた壁の中での崩壊とそれにあわせて閉塞的であるはずの家の外でルーティンが回るというか暴力を前提としたシステムがあたりまえに家の外にまで構築されていく様が強調されていきます。
最後のニュアンスも違います。日本語版では蜂が映像として具現化し、やがて家ごと消えていってしまいましたがロンドンバージョンではあくまで主人公はそこに存在し続けます。そこで、観客の狂気に対する視線が変わるような気がする・・・。日本語バージョンでは狂気が個人の錯乱の中で霧散するように収束していくイメージなのに対してロンドンバージョンでは主人公がその狂気を最後までまとっていくイメージになります。
結果として、ロンドンバージョンでは狂気が淘汰した世界のなかに生まれた日常を主人公がしっかりと背負っていくというような印象になる・・・。日本バージョンでは主人公が狂気なかに生まれた日常に埋没していく感じなので、幕が下りたあとの印象というかテイストがその分(実はかなり)異なって感じられたような気がします。
どちらにしても、狂気が発露してさらに安定していくことの恐怖については同じように強く観客に衝撃を与えていたと思うのですが、(実際私は物語がわかっていてもその空気に息が苦しくなった)、その収束の差は日本とイギリスの根源的な文化の違いもあるのでしょうね。とても興味深かったです・・・。
ところでちょっと役者のこと、ロンドンバージョンの役者もよかった・・・。動きに無駄がなく、表情や体のこなしだけでも物語を観客に伝えてくれる・・・。英語が理解できない部分が何箇所もありましたが、字幕に目をやる前にニュアンスだけは肌で伝わってくるような・・・。その伝わり方がダイレクトなのでちょっとびっくり。野田秀樹が完全に女性になりきった演技にも感服しました。過不足なくぴったりと女性でしたものね・・・。
同じ芝居をいろんな表現で見るということも面白い体験でした。今回も単に二度同じ芝居を見るということ以上にその戯曲に対する理解の幅が深まった様な気がします。また、いろいろな解釈や表現が生まれる戯曲というのはやっぱり秀逸であることなのだと思います。正直両バージョンを見ることができてとてもラッキーだったなと思っています。
R-Club
PS:そうそう、自戒をこめてなのですが、劇場に足を運ぶ前にはあまり匂いの強いものなどを召し上がらないようにしましょう。この公演で私の隣に座られた方、ものすごい口臭をお持ちでかなり閉口しました。ドリアンとにらとにんにくを生ごみにしたものを召し上がったような匂いが波のように押し寄せてきて、扇子にしみこんだ香料でなんとか我慢する始末・・・。思わず舞台上の主人公が銃を放つ時天井ではなく彼を撃ってくれたらと念じたことでした。
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