人間失格 ポツドールの描く柔らかな腐敗
ちょっと書き込みが遅れましたが先週の日曜日にポツドールの「人間失格」を観てきました。
台風が近づいていたのでどうなるかと思ったのですが、意外なことに三鷹駅についたら雨はあがっておりまして、ちょっと拍子抜けでした。
<span style="color:#ff0000"><span class="large">(ここからねたばれです)</span></span>
お芝居は、ポツドール風静かな演劇で始まります。部屋にはひとりの男、どうやらバイトを一週間無断で休んでいるらしい・・・。携帯電話でパートナー探しにはまっている。
その一日、彼の生活に出入りする人間は彼から借金を取り立てようとします。男と金を美人局で毟り取ろうとする男と女。友人だったり昔の同級生だったり・・・。彼は抗うことなく、自分のプライドを失わないために友人に嘘をつき母から金を借ります。自ら蒔いたたね、しかし他人事のようにそこからくる精神的なつらさを別れた彼女に話します・・・。
彼の中で何かがゆっくりと腐敗していくのが痛いほど伝わってきます。とことんまで追い詰められたわけではない。母や元カノへ甘えることができる。現に甘える・・・。自分ですべてを受け入れるわけでも反発するわけでもない、その甘さが次第に腐っていくのです。
夢の世界で彼は自らの欲望を満たします。欲望と不満と怒りが混ざり合った腐敗の膿が噴出するように金を毟り取った男を殴打し美人局をした女を強姦します。
しかし、現実に戻ったときの彼の情けなさ・・・。怒りがしぼんだ中で、彼はふたたび惰眠をむさぼるのです。
演出がとても秀逸で、淡々とした会話劇に近い構成の中で、主人公の想いが劇場の空気に拡散するように観客に伝わってきます。オーソドックスな作劇の中で主人公の鬱屈がみごとに醸成されて・・・。それゆえほとんど闇のなかで繰り広げられる暴力的なシーンすらおぞましいだけでなく切なく見える・・・。行き場のない憎しみのようなものが切なさに変化していく・・・。
昔、村上春樹の初期の作品を読んだとき、「ねずみ」と呼ばれる登場人物の心が腐敗していく部分に戸惑ったことがあります。それまで生きながら腐っていくというような感覚に思いあたらなかった・・・。この舞台にはその「ねずみ」が抱えた腐敗とどこか同じ匂いがあって・・・。しかも村上春樹のような文字での概念ではなく、腐敗は肌を通じて舞台上から伝わってくる・・・。
本当に追い詰められることなく溜め込まれた不満は音もなく腐るのです。自分を擁護してためた不満は腐るとまとわりつくような腐敗臭を放つのです。その腐敗臭がうっすらと舞台を包むとき、現実の腐敗臭が漂う中に身をおく自分や世の中に思い当たり、その匂いを完全に遮断できない、あるいは自らがその腐敗臭の根源になっているかもしれないことが恐ろしくも感じられて・・・。
地味ではありますが、綿密に築き上げられた脚本と役者たちの演技には間違いなくその匂いを醸し出して舞台に送り出す力がありました・・・。演出の勝利だし役者たちに自らが具現化しているものに耐えるだけの力があるということでもあるのでしょうが、観客にとっては「良くできました」と拍手するにはちょっと重過ぎる何かが懐に放り込まれてしまってた感じで・・・。
以前のポツドールに比べて扇情的な演出が抑えられた分、心の深い部分に漂うものがあぶりだされたような・・・・。今後のポツドールの作品からはますます目が離せない雰囲気になってきました。
R-Club
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