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薮原検校 芸に支えられた軽さ

正直言いますね。昔々、戯曲「薮原検校」を文庫(現在絶版)で読んだとき、「わけがわからない」というのが正直な感想でした。そもそも、そのころはまだ井上ひさしとは私にとって戯曲作家ではなく小説家だったし、戯曲を見て舞台を想像しようにも、そんな素養はからっきしなく、舞台の雰囲気すら想像できなかった・・・。

まあ、その後紀伊ノ國屋ホールで渡辺美佐子さんの「化粧」を見て、井上戯曲が舞台上で具現化される雰囲気みたいなものはわかったのですが、「薮原検校」は戯曲を読んでも相変わらずピンとこなくて・・・。で、生で見たいとはかねがね思っていたのです。地人会などでは地道に継続して上演されていたようですが、どうも機会がなくて・・・。

おまけに「天保十二年のシェークスピア」、やっぱり戯曲を読んだだけではすっと頭に入ってこなかったけれど、観てから戯曲を読むと本当に面白い・・・。

で「薮原検校」もチャンスがあればと是非にとの思いがつのっていたところに、古田新太主演の公演があるとのことで、必死にチケットをゲット。18日、念願の舞台を見てきました。ただし、地人会バージョンではなかったけれど、当代切っての演出家蜷川幸雄も魅力的だし、古田以外にも手練の役者達のご出演で場内は立ち見込みの超満員。

そりゃよかったですよ・・・。重い物を隠し持った戯曲ですが本当によい芝居ってやつは胃にもたれない・・・。多分、役者から伝わるものに不純物がないのだと思います。まっすぐにくっきりと伝わってくる。

六平直政さんの演技など、観ているだけでその世界に包まれていくような気がします。梅沢昌代さんの演技もすばらしかったですね・・・・。自由自在っていうのは彼女の演技のことを言うのではないのかと思うほど、やわらかくしっくり来る演技をされる。彼らが脇を固めるのですからそりゃ贅沢な舞台です。

でも、20幕を重ねていく薮原検校というお芝居には、それだけの贅沢というか、力量を持った役者が必要なのかもしれません。役者は猥雑さを出すための詳細な演技ができて、しかも猥雑さに埋もれてしまわない演技ができなければいけない・・・。ジョージ・シュラの点描画のように、色に染まって色が溺れることのないような演技が求められる・・・。

しかも、この芝居は幕の内弁当のようなところがあって、それぞれの幕を染める色の塊がなにげに前後左右とマッチしないといけない・・・。ギターや語りで幕や場を繋いでいくとはいっても、二代目薮原検校の一生として統一した感覚が求められる・・・。無茶な力技で幕をまとめあげると、たちまちその幕が全体の中で浮いたり沈んだりしてしまう・・・

緻密に組まれた仕組みのなかで、伸びやかに自分の力を発揮できる役者じゃないと、たちまち物語が隠す陰湿でどろどろしたものが顔を出してしまうような・・・。ある意味役者の力を試すような舞台。

でも、力のある役者は、そのハードルを楽しんでいるようにすら思える。

田中裕子さんの芝居を見ていて思ったのですよ。溜め込んで吐き出すような情念ではなく、ふっと沸いてくるような情念。溜めれば重さがでるけれど、涌き出て流れていく情念には重さがでない。でも伝わる・・・。すっと入ってきて心の中で広がる・・・。重さがあれば舞台が鈍る、トーンが変わる・・・。腐敗がないからこそ、この物語が共感をもって観客に受け入れられていく・・・。田中さんは脚を開く演技のなかで、艶のこぼれるような表情で、自らの息遣いに観客が揺れる気配を気持ちよさそうに味わっているようだし、古田「早物語」もそう、汗をかきながら必死に語る中で、観客も自分も、その空間全体をも酔わせる時間を心地よく肌で感じているように見える。その溢れ出すような充実感が観客にとっても役者に自らをゆだねられる至福になっていくのです。

で、休憩をはさんでの3時間があっという間にすぎていく。

極上のエンターティメントというのはこういうものなのかも知れない・・・と思いました。役者のもてあますほどの力量がしっかりと生きた舞台・・・・。
もっと歯ごたえをとか重厚なテイストをとか言う劇評も一部にはあったようですが、私にはこの芝居はこれでよいという感じがします。このレベルになると重さは一番大事な表現の汚れになる・・。

そんな汚れは粋ではないのです。

私の中でまるで別物になった「藪原検校」を読みながら、ゆっくりと満たされた劇場の時間を振り返ったことでした。

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