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映画パフューム、見えないものを見せる方法について

先日、お酒や輸入食料品を扱っているやまやで、とあるチョコレートを見つけました。

一瞬なんのデザインかわからなったのですが、これ、テントウムシをかたどっているみたいなのです。こちらに向かって前の2本が 触覚でのこりの左右3本ずつが足ということみたいです。足の部分は一枚のダンボールでできています。写真でみるより実物のほうが若干はテントウムシらしいのですが・・・Img0001

日本人がテントウムシのチョコレートをデザインしても絶対こうはならない気がする・・。多分わざわざ足をつけたりしないですよね・・・。

なにかを表現するとき、そこには文化とか習慣とかが裏打ちされている・・・。お約束というと言葉はわるいですが、イメージを双方で共有することから何かが伝わっていくみたいな話ってけっこうあるとおもうのです。

映画、パヒュームはそのトリガーに匂いを使います。主人公にとってニオイが形であり色でありそのものを象徴するすべてである・・・。ということから物語がはじまります。

発想はとても秀逸なものだと思います。なんというか、それはありだよね・・・、みたいな・・。

ニオイをトリガーにして世の中に触れることを覚えた主人公は、視覚や聴覚を中心とした世界観とはまったく違ったロジックで物事を考え始める。いや、何かを記録するという行為は視覚でも聴覚でも普通に行われている話であり、同じロジックで匂いを記録しようという発想も別に不自然なものではありません。ただ記録がk文字や映像を介してではなく、匂いそのものとなると、媒体は匂いをそのまま保持するものということになり、結果として視覚・聴覚からは著しく逸脱した物語が生まれていきます。

主人公が最初に惹かれた女性の香り、そこから女性の香りを保存することへの憧れへと発展し、やがて香りを収集するための殺人へとさらにエスカレートしていく・・・。でも主人公にとっては少しも間違ったことではない・・・。匂いのなかにこそすべての価値は存在しているのですから・・

良い映画ですよ。「パヒューム」は・・・。物語の作りがしっかりしていて、しかも重さがなく、流れていくようですが、実は何本もしっかりとした伏線が張ってあって、それが物語の要所を締めてているので、長めの物語もまったく苦もなく楽しむことができます。

ただ、この映画を見てふっと気がついたのは、台詞は翻訳できたとしても香りの翻訳はできないことから、欧米人がこの映画を見て感じたことを私は100%感じ取ることはできなかったのだろうなということ・・。

学生のころにはロンドンで半年暮らしていたわけだし、ニューヨークには、たとえ2年間とはいえいたのですから、欧米人の香りに対する感覚がまったくわからないわけではないですし、ロンドンの地下鉄にこもる独特の香りの中で、かすかにただよう女性の香水の匂いがどれだけの慰安になるかだとか、香水の本当の価値は体臭と交じり合ったときに生まれるとかいうことはわかるつもりなのです。でも、その香りで死刑執行人の棒を取りあげ、罪人してを天使と呼ばせるほどの香水が物語の結末として使われたことを納得するにはやっぱり少し時間がかかってしまう。

この映画の映像は大健闘でした。すくなくとも、その香りがもたらす高揚感のようなものは十分画面から伝わってきたし、無味無臭のスクリーンから第六や第七の感覚によらなくても、なにかは伝わってきた。しかしながらその何かと具体的なものがつながらない・・・。戸田奈津子さんの名翻訳は最大限まで何かを私に伝えてくれたのですが、私の中でそれが実感として最大値で受け取ることができないもどかしさが残るのです。

そのとまどいは写真のテントウムシチョコを見たときとおなじ。何かを模したり表現するには、対象にたいして作り手と受け手で共通の認識がなければならないということなのでしょうね

もちろん匂いでなくても、実感として感じられないものはたくさんあります。シェイクスピアの戯曲にしたって時代と言語の2重障壁の向こう側にあるものだし・・・。ただ、芝居では元々が虚構のなかの約束事で物語をひょうげんしていく部分があるので、違和感はその仕組みの中にとりこまれうところ大ですが、映画というきわめて具体的な映像を媒体に匂いというまったく表現できないものを題材にしたときにはもろに、戸惑う部分が私のなかで露出していきたということなのかもしれません。

テントウムシのチョコレートはとてもおいしかったし、映画もダスティンホフマンの名演技など見所でいっぱいとても楽しみました。ただ、きっとこの映画が本来持っているであろうと思われる充実感に私は到達することが出来なかったのです。ちょっとくやしい・・・。

まあ、世界は広いししょうがないことではあるのでしょうが・・・

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