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音が描く色 (ク・ナウカ 奥州安達原)

本館にも書きましたが、ク・ナウカの「奥州安達原」はいろんな意味でインパクトの強いお芝居でした。

一番取り込まれたのは音の表現。たとえば風、雪、氷柱・・・。それらが、さまざまな楽器によって見事に表現されていくのです。ある意味ピュアな世界と言えるかもしれません。豊かなる音、激しい音、そして静かなる音。音がないことまでも音が表すすごさ・・・。

物語自体はそれほど複雑なのものではありません。歴史的背景がわからないと、なにをやっているのかわからないお芝居ではありますが、前もって背景を予習していけばとてもシンプルに物語が流れていきます。その物語を進める語り手たちの声の透り(誤字だけれど一番「透」があたっているような気がする)のよいこと。透りのよい声は観客を心地よく物語りに乗せてくれます。一方で動きをなすものは表現を計算されつくしていて・・・。

最終的にぶれのないひりひりするような世界が時間の概念を観客からとりさって・・・

このひりひり感・・・、20年前にボブ・フォッシーの「Big Deal」を観たとき以来かもしれません。あのときのダンス、ぶれも無駄も一切なく、ソプラノのソロボーカルは限りなく繊細で、それらは役者達のものすごい力に支えられていて・・・。観客は舞台上の演技に対して自らが想像で補うべきものがなにもなく、それはすべてを舞台にゆだねることができるということで・・・。結果舞台上の小さな鼓動さえもすべて自分の感性で受け止めるようになる・・・。ダンサー達の足先の小さな動きがすべて観客に与えられるリズムに変わって・・・。「Damn Yankees」のグウェン・バートンとボブ・フォッシーの踊りなどを見ていると今でもその片鱗は感じられるのですが、あのとき見たものはそれをはるかに凌駕していたのではと思います。

で、それと同じような密度のようなものが、今回のク・ナウカの公演にはありました。

本当にすごいものは軽やかで緻密でさりげなく、しかも息をすることも忘れさせるほどの濃密さで観客を包み込むのです。久しぶりにそのことを思い出させてくれる舞台でした。

ク・ナウカはこれから個人活動のTermにはいるのだとか・・・。そういう意味でも歴史に残る舞台だったのかもしれません。これもきっとあとで重さを持って気づくのでしょうけれど・・・

R-Club

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