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フラガールが泣けるわけ

フラガールのDVDを買ってしまいました。それもメモリアルボックス。

ちょっとお高めの買い物って言う感じで・・・、でも買ってよかったと思います。メイキングなどコンテンツも比較的秀逸だったし、映画の映像とは異なるアングルからのビデオ映像によるフラガール達の姿は、本編の感動をいっそう深くしてくれたような気がします。

ラストシーンのタヒチアンダンスにいたるまでの出演者たちの努力は凄かったのですね・・・。ひとりひとりのインタビューがあるのですが、それを聞いていても、何かを乗り越えるために極限状態にちかいところまで追い詰められていたことが良くわかります。

何人もの出演者たちが「最後にはギャフンといわせてやる」を合言葉に練習を重ねたといいます。それは映画のコンテンツと見事に重なって原作と映画の世界をリンクさせます。そしてはじめてのステージが終ったときの達成感も演技ではなくまるでドキュメンタリーの一部のようにそこに存在するのです。フィルムで取った映像は、ある意味お化粧をしているので達成感の部分が強くでていますが、ビデオで一部写っている彼女達の表情を見るとそこにいたるまでに超えてきた道のりの厳しさも読み取れる気がします。一色ではなく重層的に塗り重ねられたダンサーたちの感情にこそ感動が詰めこまれているのです。

それにしても、蒼井優というのはある種の凄さをもった役者です。とがったところや激しさを見せずに観客のこころをすっとつかんでいく。ポカリスウェットの感触っていうのでしょうか・・・。虹の女神のときにも感じたのですが、想いの表現に重さがないのに受け取る側に深い想いがしっかりと伝わってくる。ちょっと惚れ惚れしてしまいました。松雪泰子の演技もすごく生きていたし隠す感情と表に出す感情の切り替えのような部分はさすがという感じがしましたが、観客に与える印象の深度をみるとやっぱり蒼井のほうが上だものなぁ・・・。彼女はこの先何年間かで日本を代表する映画女優に化けていくのだと思います。駅のシーン(松雪泰子を呼び戻す場面)の撮影風景がメイキングにありましたが、見ているほうが胸がいたくなるようなオーラが画面を通じてまでひしひしと伝わってきた。まあ、演技の線にもっと太さがあると、もっとすごいのだろうけれど、年齢的なものもあるのでしょうね・・・。

南海キャンディーズ、しずちゃんの演技も再び観ていると結構映画のスパイスになっていた・・・。彼女の演技って時代のトーンを作っていたと思うのですよ。池津祥子にしてもそうなのですけれどね・・・。公演を重ねていく場面、しずちゃんにしか出来ないキャラがあってそれも名演でしたね・・・

ある意味オーソドックスなつくりの映画なのだとおもいます。何かが突出している映画というよりは、あたりまえのことを見事に積み重ねた結果、すごくよい素地が出来たという感じ・・。中盤以降は観ていてわくわくするし。そしてラストの数分間にはけれん味のないダンスの見せ場もあって・・・。単なる映画にはない余韻がしっかり残って・・・

李監督のバランス感覚のよさなのでしょうね・・・。こういうあわせ技一本みたいな映画はじんわりと来て忘れられない。観るたびに何度も泣けたりするのです。

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