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ほんの少しの塩加減(ニブロール・ペニノ)

先週の金曜日に観たニブロール「no direction。」はいろんな意味で不安定さのある作品でした。

不安定であるというのは良い意味でもあり悪い意味でもあります。実を言うと私の中でもこの作品の評価はしっかりとさだまらないところがあって・・・。それじゃ、不安定なのはニブロールではなくおまえだろ!みたいな突っ込みもされかねない状態なのですが・・・。要は良い部分がたくさんあってでも何かが足りないのです。

一番思ったのは、映像が大きく高い壁のステージをしっかりと使っているのに対して、ダンサーがその広さに十分ついていっていないなということ・・・。ひとりひとりのダンサーの能力はとても高く、びっくりするような切れのある動きが随所にみられたのですが、それが有機的に結びつかないというか、広さを味方にできていないというか・・・。

結果として舞台と背景の表現するものに一体感がなかったり、スケールに差が生じたりする部分が現出して・・・。しかも差が生じた部分の映像はため息がでるほどすばらしかったりすると、ダンサー達の力があるにもかかわらず彼らの演技が卑小に見えたりする・・・。ちょっと何かを足したりもう少し全体像を大切にする振り付けがあれば、映像のインパクトもさらに大きくなるしその中でダンサーたちが観客に与えるインパクトもはるかに大きくなるのにって・・・。意図が見えるところまで来ているのに、もうひと塩・・・あれば・・。

一振りの塩が料理を大きく変えることってあるじゃないですか・・・。表現の発想には間違いなくきらめきのようなものもあるし、斬新な部分もたくさんあるのに、最後の一つまみの塩がのどから手がでるほどほしくなる感じの作品でした。

翌日、今度は庭劇団ペニノの「笑顔の砦」を見たのですが、こちらは抜群の塩加減だった・・・。

一部には超リアルなどとの評もあったようですが、私はこの作品のデフォルメのうまさに舌を巻きました。マメ山田の怪演は別格としても、五十嵐操の看護士も漁師たちの動きもなにかがほんのすこしだけ恣意的に拡張されていて、あるタイミングで役者がすっと素の演技に戻ったときに、まるで潮が引いた海岸のように孤独が取り残されているのです。その控えめな拡張こそがまさに塩加減、その塩加減が生きるように細密に舞台が作られ、ディテールが舞台にあふれているようにさえ思えます。

多分、ニブロールの一塩も、なにかそういう力加減なのかもしれませんね・・・。そう、ニブロールの舞台って、出汁だけのうどんつゆのようなものなのかもしれません。おいしいものなのだけれど、でもおいしさが感じられないみたいな・・・。そうなにかを表現するためのずるさがあってもいいのにみたいな・・・

逆に言うとタニノクロウってそのあたりの匙加減にかんする感覚がするどいのかもしれませんね・・・。

私が脱帽するくらい・・・

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