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物語にはまるということ

「地獄八景、浮世百景」の評価がなかなか分かれているようですね。

まあ、あれだけ落語を借景にしてしまうと、落語の筋がわからない方にはかなりきついでしょうしね。

崇徳院や天狗さばきあたりは結構有名なのだろうけれど、三枚起請なんて知らない人の方が多いのではないだろうか。

まあ、、物語を知ってそれが変わっていくのであれば、観ているほうも面白いと感じるのだろうけれど、上方落語を知らないとやっぱりつらいかな?とも思います。えんげきのページを見ていて、なんというか客に媚びない芝居つくりの功罪を考えてしまいました。

個人的にはすごくお気に入りの舞台になったのですが、それは私が上方落語大好きだからであって・・・。G2さんと東野ひろあきさんの英断には敬意を表したいと思いますが・・・。東京でしかも世田谷パブリックシアターのキャパをいっぱいにするほど上方落語愛好家が東京に多いとは思えないし・・・・。

でも、これを機会に上方落語を聴いてみよう思う方もいらっしゃるのだろうし・・・。もっともこの芝居は落語の世界をつないではいるけれど、それを凌駕する世界があるわけで・・・。そうじゃなければ落語をただ聴いていたほうがよいわけで。

うーーーん、微妙なところですね・・。

ところで、話は全然違うのですが、物語を借景にして新たな世界を作るというのは、最近のパチンコの世界ではあたりまえになっています。古くは「うる星やつら」や「水戸黄門」、最近では「キャフテンハーロック」から「アタックNo1」まで・・・・。でも、それらはあくまで、本作を借景にしたというか、その一部をパチンコのゲームに応用したにすぎなかったのです。

しかし、最近ついに原作を凌駕した世界観のようなものを持つパチンコ台があらわれました・「エヴァンゲリオン 3(奇跡の価値は・・・」です。そりゃパチンコですから、大当たりが出て確率変動が続くことが目的であり、ドル箱が積まれればそれで大満足のはずなのですが、この台ってやっていると、その当たり方(場合によっては外れ方)に惹かれていってしまうところがある・・・。

パチンコは昔からたまにやっているし、ちょっともうかればそれなりに幸せ(でも人生トータルではきっと大きく負けているとはおもうけれど)なのだけれど、これは、出た・でないより物語が現れることに惹かれてしまうような気がするのです。

いろんなキャラクターがいろんなせりふを画面上でつぶやくのですが、それらひとつずつに世界観があって、やがて世界観が満ちるときに長めの物語をもったリーチがやってくる。そこに、それまでのキャラクターのコメントやリーチアクションが持つ世界観などがからんで、ふっと自分がパチンコの勝負をしていることを忘れて物語にのめりこんでいる瞬間がある・・・。

土曜日のお昼過ぎ、ちょっと時間つぶしのつもりで入ったパチンコ屋さんで、たまたま1台あいた「エヴァンゲリオン3」の台に座ることができて・・・。で、たちまちその物語感のようなものにはまってしまって・・・。次に何が起こるのかわくわくして・・・、千円札がなかったのでやむおえず入れた1万円などあっという間。で、ちょっとやばいかなと思ったのですが、席を離れられない・・・。さらにもう一万円がなぜかお財布から手に移っている・・・。1万円が蒸発した悲しさより、次の展開を見たいという欲望が私を支配している・・・。

二枚目の1万円札が千円目減りしたところで、警告の画面、ミッションモードかなと思ったら伊吹マヤが「パターン青、使徒です」と告げて・・・。そこから10連荘、しかも、あたり方も非常に多彩で、一つ一つにしっかりとした物語の裏づけがある・・・。それは原作の借景になっているものだけではなく、さらに原作を発展させたり裏付けになっているような物語すらあって・・・。

普通10連荘などした時には時短が終わった時点で切り上げることが多いのですが、土曜日はやめられませんでしたね・・・。その後、150回転から300回転のあいだに単発から4~5連荘が交互にくるパターンが続いて・・。そのお店は等価交換なのでかなりびっくりするくらい儲かったのですが、お金が儲かったことのうれしさより、物語をたくさん見ることができた充実感のほうが間違いなく大きかったです。で、もっと見たいと思いながらも用事があって席をはなれたのがなんと夜の7時半・・・。恐ろしいでしょ。なんか本末転倒なのですけれどねぇ・・・。

「地獄八景・・・」にしても「エヴァンゲリオン」にしても、物語のパッチワークのような創造物が物語を凌駕するような説得力が身についていて・・。それはひとつの創作の形態といっても良いものなのかもしれません。

「地獄八景・・・、」は今後大阪や九州にも行くみたいなので、落語をめでるかたには大推薦をしたいと思います

「エヴァンゲリオン・・・」はねぇ・・・。お金に糸目をつけずになにかにのめりこめる才能のある方、エヴァンゲリオンのストーりを良くご存知の方にはお勧めということにしておきたいと思います。

まあ、物語が新しい物語を生むとき、物語を享受する側にも資質が求められていくこと。文化というものには、多かれ少なかれそういう側面があるのでしょうけれど、そう考えると、つねに貪欲に何かを吸収していかないと、次にやってくるなにかを十分楽しむことができないわけで・・・。人はそう簡単にとまることができないのですね・・・。芝居をみることもパチンコを楽しむことも・・・

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コメント

はじめまして、yumiです!
落語好き、っとの言葉についこちらのブログに足を運んでしまいました。

へぇー、上方の方なんですね、。。関西の方なんですね。
私も上方落語、上方の噺家さんが大好きです。

ただ、まだまだこの世界は浅いので師匠方のことも演目も全然知らないというのが事実。

これから、どんどん落語を聞いて、観に行って勉強?したいと思っています。

RAKUGOばんざい! 落語よ広まれ! テヘ

=yumi!

投稿: yumi! | 2007/03/04 21:51

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