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12月の雑感

あっという間に大晦日ですね・・・

ダウンタウンの特番と紅白とモーツアルトイヤーの特番を

かちゃかちゃ行き来しながら、それでもなんかまだ、大晦日の実感がわかないのはなぜなのでしょうね・・・。おそばを食べてもなんかピンと来ない感じもするし・・・

年末になってもちょこちょこいろいろと用事があって、冬休みという実感がないのが原因かもしれませんが・・・

しかし、12月はけっこう芝居をたくさんみました。昔はもっと見ていたのですが、最近はなかなかこれだけ集中して芝居を見る機会がなくて・・・。おまけに印象の強い芝居が多かったし・・・

「ロープ」の印象は強烈でしたね。l野田秀樹の芝居ってこれまでに2桁は見ていると思うのですが、今回ほどまっすぐに私を取り込んだ芝居はありませんでした。わかりやすいという意味でも野田演劇のなかでは一番では・・・。半神を見たときのダイレクトな衝撃よりもさらに強いなにかを感じました。

宮沢りえさんも前回の野田MAP(透明人間の湯気)のときより演技がしっかりと地に着いた感じで・・・

夏に「花よりもなほ」という映画を見ていて、そのときの彼女の演技も印象深かったのですが、野田の主題のなかで、彼女は演技のメソッドを変えることなく、人の原罪に近い部分を見事に明らかにして見せたのには正直驚きました。内側をスリガラスに映して見せるような演技のトーンで、ある意味淡々と伝えられていくよく晴れた朝の物語・・・。これまで野田MAPが築いてきたある種の世界を覆すような作品でもあることで、劇評は2つに分かれているようですが、少なくとも私には一生もので忘れられない作品でした。

チェルフィッチュの印象も強かったですね。

リアルという言葉を本当に考えてしまいました。内心からにじみ出てくるものを表現するメソッドとして、これほどつたわってくるものを見ることって久しぶりではないでしょうか。三月の5日間を見たとき、彼らの住む世界での感覚のリアルさのようなものを感じましたが、「エンジョイ」はもっと内なるものの姿を感じたことでした。

来年も面白そうな芝居が結構ありますものね・・・。

かなり楽しみ・・・。

来年も芝居にめぐり合う運が落ちませんように・・・

では皆様よいお年をお迎えください

R-Club

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野田秀樹のマジ

野田MAPが現在上演している「ロープ」は
とても衝撃的な作品でした。

この芝居については、最初見れるなんておもっていなかったのですよ。
チケットの優先3つ全てはずすし・・・。
野田MAP自身の優先をはずしたときにはさすがにへこみました。
案内の赤い封筒を握り締め暗澹たる気持ちになりました。
最終的には一月某日のA席チケットをなんとか押さえたのですが
今年はもうあきらめていたのです。

それが、たまたまNodaMAPのHPを見ていて、
売り止めの席が追加発売になるとのことで・・・
いつからかなって思っていたら当日で
しかも受付が始まってからもう1時間近くたっている。

これはもう完売かなっておもって・・・
それでもHP上の指示に従ってPiaにアクセスしたら
土日は×印でしたが
平日のソワレだとまだ空いている日があって・・・
「当日引き換えS席」ってなんじゃいなと思うより先に
もうあわてて12月13日のチケットを押さえました。

その日は朝会社に行くとき、バックに双眼鏡を忍ばせていました。
どんな席が来るかわからないですからね。
宮沢りえさんや明星真由美さんのご尊顔が
よくわからないのはくやしいので・・・
1年ぶりくらいに定時に会社を出て・・・
コクーンにいってみたら引き換えは18:30からとのこと。
列もちゃんとできてなくて・・・

時間が来ても、当日引換券を持っている人自体が
それほどいないみたいで
さして長くはない列が受付にできただけ。
でも、けっこうどきどきして並びました。
で、私の前に4人ほどいらっしゃったのですが
最初の方が引換券と交換にチケットを受け取ると
えっと言って首をかしげるのです。
次の方は、2人連れでしたがチケットをもらうと一瞬立ち止まって
それから「なにこれ!」とか言って
二人でチケットを眺めている。
前の方もチケットを受け取ると一瞬立ち止まって、チケットに見入っている
で、どんな席がくるのだろうとどきどきしながら受付の前に立ったら
制作っぽい女性の方が本当に事務的に私の引換券を確認して
わたしてくれたチケットの席番は1F E列のセンターブロック・・・
あまりの席の良さに私も最初の方と同じように「えっ」という声が漏れてしまいました

芝居自体の詳細は本館(R-Club)をご覧いただけるとうれしいのですが
一言で言うとゆっくりとしたスローイングから壮絶な直球が飛び出すようなお芝居でした。

本当はとても重い内容の芝居なのですが
重さを感じないのです。
それどころか、宮沢りえが語り続け、
リングのなかの人々が演じ続けるその修羅場には
しっかりと青空が感じられるのです。
血の臭いと、脳漿の色と、青空・・・
藤原竜也の演技と宮沢りえの実況、さらに橋本じゅん、明星真由美
三宅弘城 宇梶剛士らの演技はそれらをしっかりと見せる。
でも、そこに重さはない。
今と同質で均質な時間のなかで
その狂気が描かれていきます。
野田秀樹のマジ
彼の溢れる才気は山ほどの
比喩や言葉遊びを思いついただろうに
ミライの一事を描くにロープを張ったリンクのイメージ以上に
膨らますことをいっさいせず
リング上とかさねてその惨劇を舞台に積み上げていきます

この芝居のコアになるシーン

リング上の狂気に包まれた熱狂。
愚直でありながら一方で英雄を気取るプライドを持った若者
リングの中での英雄は勝ち誇ります
宮沢りえの言葉は実際に演じられるよりはるかに惨憺たる光景を
観客に想起させる
観客は無駄を廃した舞台上の描写を
そのままうけとめるしかない
まして覚悟もないままに、劇団の売り止め席解放でよい席に座った観客は
自分と同じ空気の中からやってくる
事実たちをその空間のだれよりもしっかりと受け止めるしかない。
軽い、湿気のない、熱をおびた独特の感触を。

通常の野田演劇にはない感触、
観客はボール投げても豪快にスウィングをしてくれるのに
リスクを犯して自分の一番の得意球をなげこむような
投手野田秀樹のマジ・・・・。

当日バッタボックスで身構えた私には作品の内容とともに
マジな野田秀樹の感触が心から離れないのです。

今までに感じた感動とは異質のなにかに心が満たされたNODAMAPでありました

R-Club

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チェルフィッチュ 集中して演じ集中して受け止める

今年の3月、チェルフィッチュの「三月の5日間」を
西麻布「Super Deluxe」に観に行ったとき、
最初、大丈夫かなと思ったのを覚えています。
会場には結構早くついたので
カウンターでドリンクとフライドポテトを食べながら、
まだ人の少ない会場で待っていたのですが
少しだけ食べ物の香りがこもるような気がして
気が引けてしまいました。

まあ、昔、新感線がまだ東京に出てきたばかりの頃に
シアタートップスでコロッケを売っていたことがありましたが
それとはニュアンスがちょっと違うというか・・・
まあ、カレーまであって、そのかおりも
まるでちょっと黄色い粒子のように
会場に広がって・・・

しかも、2杯目のウォッカ&トニックを飲んでいるうちに
芝居が始まってしまった
手にもったままのグラス・・・
ほんの少しのアルコール性の心地よさ
それだけで劇場でみる芝居とは
覚悟が違ったというか・・・
勝手が違った気がして。

でも、今から思うと
チェルフィッチュ初見の私にとっては
その雰囲気にずいぶん助けられたと思うのですよ
役者が語るライブハウスの雰囲気にも
すっと入っていくことができたし
入っていけたから、すごく早い段階で
チェルフィッチュのスタイルを受け入れる
慣れのようなものが自然にできた様な気がします

チェルフィッチュのスタイルを受け入れることができれば
後は彼らの所作や言葉を吸収することは
とてもたやすいことで・・・
休憩の前には、こんなに瑞々しく時間を切り取ることができる
彼らのメソッドと演技力に舌を巻いたものでした
演じる側はものすごい集中力だと思うのですよ・・・
だから言葉と動作ををしっかりと受け止めることで
言葉の意味とはまったく異なる何かが
しっかり伝わってきて。
イラク戦争が始まる頃、渋谷に流れていた時間や
デモ隊に注ぐ光の粒子まで感じるような・・・
その時間に不可思議な
ある種の愛おしささえ覚えたことでした

芝居が終わって、六本木の駅に向かうとき
なんというのだろう、柔らかい懈怠感が
私を支配していました。
遠いところからの旅の目的地に
やっと着いたような・・・
それまでも、よい芝居を観終わったときたまに陥る感覚ですが
その日ほど強く感じたのははじめての感覚でした


で、チェルフィッチユ流にいうと2幕をはじめるのですが・・・

新国立劇場で上演された「エンジョイ」は
開演する前から一種の緊張感のようなものが
場内を支配していました。
黒い場内、劇場独特の静寂、
もぎりや場内を案内するスタッフもSuper Deluxeの感じとは全然違って
制服のプロフェッショナルっぽいお姉さま・・・
国立だからってことではないのだと思うのですが
既成の、コンサバティブな演劇の概念で
時間が止まっている感じ
観客の年齢層もSuper Deluxeよりはるかに高いし・・・

そして、「エンジョイ」が始まり・・・
3幕に入ってしばらくしたころ

彼らのメソッドに取り込まれて
明らかになっていく物語と演じる役者達の動きに
心を奪われていたとき
役者から紡ぎだす言葉を超えた何かが
激しく私を揺さぶり始めた頃

なんと後ろの席から
低いいびきが聞こえてきたのです。
でね、不思議なことに私は
いびきに一瞬心を奪われた瞬間
まるでつぼを針に刺されて弛緩するように
自分の集中と、目の前で演じている役者(山崎ルキノさんでした)の
強い集中に気がついたのです。

R-Club本館の劇評にもすこしだけ書きましたが
チェルフィッチュの舞台においては
観客は役者の言葉をうけとめて、動作が示すものを引き受けて・・・
引き受けられた役者にはさらに彼ら自らの言葉や動作を超えて
もっとあふれ出す何かをさらに表現する力が必要で・・・
そうすると観客はさらに受け止めるための集中が必要で・・・
観客と役者の間のパワーゲームのようなものが
チェルフィッチュの舞台には確実に存在していて・・・

西麻布でみたチェルフィッチュの芝居には
その集中を適度に緩和してくれる雰囲気があったし
今回の国立劇場はその集中を後押しするような
雰囲気だったのかもしれません。
それのどちらがよいかというのは作品ごとに演出家が決めることだと思うのですが
少なくとも、国立劇場においては
そのゲームに乗り切れない観客が少なからずいらっしゃったような
気がします

昔、よい役者は寝ている観客を椅子から引きずりあげたという話があるのですが
引きずりあげられるほうにだって体力はいるわけで

もし、あの時のいびきがなければ
私は、劇場を後にするときの疲れた感覚を
西麻布から六本木への帰り道同様に
不思議におもったにちがいありません。
でも、はからずも心無いいびきのおかげで
昔、双数姉妹が「やや無情・・・」で提示した
演じることと観客が観ることの意義に
何年かぶりに思い当たることができたのでした

まあ、生のお芝居には何があるかわからないということで・・・
何があるかわからないといえば
12月11日の深夜にBSで「三月の5日間」の放送があったけれど
カレーのにおいは伝わってこなかったし・・・
(本番を見ていない観察力の鋭い人が見ると、
休憩のシーンでフードのお皿を持った人が映ったとき
なんだろうと思ったかも・・・)

なんにせよ、岡田利規の次の公演がすごく楽しみになっています
すごく抽象的な表現ですが
体力をつけておこうと思います

R-Club

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