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メルブルックスの視点(イヌの日のまくらつき)

枕みたいなおはなしです。
読書って大好きなのですが
まさか演劇のパンフレットで読書気分を味わえるとは
おもいませんでした。

「イヌの日」のパンフレットなのですが、
ページ数にして200ページ弱、
下手な文庫本よりよっぽどしっかりと活字が組まれていて
まあ、読み応えのあること・・・
しかもコンテンツがしっかりしているのですよ・・・
「イヌの日」の芝居自体はかなり荒っぽいというかラフな設定の
お芝居でしたが
これをパンフレットと呼ぶのにもかなり無理があるなぁ・・
よい意味ですけれどね。

で、パンフレットをやっと読み終わって次の読み物を探しに
TSUTAYAにいって
旧作ビデオレンタルの割引があるということで
ぶらぶらとレンタルDVDを見て回っていて
偶然見つけたのが
メルブルックスの「大脱走」でした。

もう、本当にサービス精神満載
ちょっとありえないようなギャクやパロディがもりだくさんの作品で・・・
物語と映画の境界線が妙に外にはみ出していて・・・
最初ポーランド語で演じさせておいて
劇場のアナウンスで「わけがわからないから今後は英語でやる」
とか平気で言わせて見たり・・・
まあ、「ブレイジングサドル」のように
撮影所の外側までストーリーを持っていくような無茶は
流石にありませんでしたが・・・
舞台の内輪話などもいっぱい・・・
でもそれらが全然嫌味じゃないのがメルブルックスのすごいところで。

ほら、「プロデューサーズ」の中にも
ネイサン・レーンが
拘置所の中でこれまでの舞台のサマリーを演じてみせるという
ものすごいシーンがあったけれど
(舞台ではインターミッションに動きをとめるという演技までついた)
あの手のテイストがけっこう多くて
それがまた絶妙なのですよ
「プロデューサーズ」に出てきた
舞台の初日には「脚を折れ!」って言うという
ネタがこの映画にも使われていたりして
それもたのしかったり。

でも、それだけいろいろやっても
メルブルックスのナチへの批評精神のようなものや
なかりべたな夫婦愛への賛美のようなものは
しっかりと観客に伝わってきて・・・
チャップリンの映画などにでてくる極上のユーモアセンスも
なにげに受け継いでいるし・・・
まあ、簡単に言うと見た後に人生ちょっと
得をした気分になるのです。

ちょっとよい映画にめぐり合えたなって気がします。
「プロデューサーズ」ももう一度ゆっくり見たくなる・・・
そんな映画でもあります。

お正月にプロデューサーズと一緒に鑑賞なんていかがでしょう。

お勧めです

R-Club

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上野樹里のブラインド(虹の女神他)

「虹の女神」という映画をみてきました、
岩井俊二プロデュース作品、
熊谷尚文監督は「リリーシュシュ」の手法に近い形で
時間を切り取っていきます。

いい映画ですよ・・・
心が涙を呼ぶ前に、涙がすっと溢れていましたから・・・
そんなに複雑な伏線を張っているわけでもなく
そんなに話を膨らませているわけでもなく・・・
でも、それが、この映画のトーンをしっかりと守っている

上野樹里の演技が本当に秀逸で・・・
スウィングガールの演技から観てもとても進化していて・・
「のだめカンタービレ」の演技を見ていても思うのですが
彼女自身が演技として作れる表情のパターンって
今でもきっとそんなに多くないし
フレキシブルではないのですよ
同じ出演者では蒼井優のように
無段階に感情が色を変えていくわけでもなく
佐々木蔵之介のように
カメレオンよろしく感情を動かせるわけでもない
ギアを入れるたびに
パターン間の中間のポジションが
ひとつまたひとつ生まれているという感じ
ただ、彼女が優れているのは
その表情に物語を絡め取る力で
矛盾するようですが
表情が不器用でありながらごまかしがない分、
物語の中での彼女の意図が
観るものにとってストレートでわかりやすかったりするのです
さらに最近では台詞と表情のアンマッチというような裏技もどきも現れて、
驚くなかれそれが表現としては最盛期の野茂のフォークより有効で
不自然でなくしかもしっかりと観るものに伝わるし
台詞と表情が一致したときには
伝わる思いが普通の女優さんの演技より
さらに強いし・・・

ちょっと表現を変えると
「Swing Girl」の時に本仮屋ユイカと彼女の演技を観ていて
元仮屋表現が心から常に漏れ出てくるカーテン越しの光なのに対して
上野表現は風通しのよい部屋をのぞくような感じで
そこに同じ制服を着た女子高生の
多様性を感じておもしろかったのですが
(ましてその多様性のなかで極上のジャズメロディが生まれていくことに
わくわくしてしまった)
今回の上野はその風通しのよい部屋の大きな窓に
ブラインドが下げられて
彼女の演技に付随した開閉のなかで「あおい」が表現されていくような感じ・・・。
心の中の表現手段はシーンごとに大きく変わらないのに
ブラインドが共演者の発する光との影を調節しているような・・・。
しかも彼女の大きな窓はそこに映る共演者達を
曇らせることがない
蒼井優の芯から発する感情で観客をとりこむような演技は
上野独特の表現に対しても存在感を失わず
それどころか蒼井の存在感まで強めているし・・・
市原隼人のような、どこか観客の気持ちと親水性があるような
演技に対しても流されることなく、彼女の風景はそこにあり
逆に双方のしっかりとした存在感を際立たせている・・・

そしてブラインドが最後に全てあげられたとき
彼女の風景には光が隅々まで当たり風が吹き込んで・・・
自らの心に強いられることのない、観客に降りてきたような涙が溢れる・・・

物語もそれほど複雑でもなく
無理もなくシンプルで
でも伏線がしっかりと効いていて
淡々とした時間を切り取っているのに
退屈な時間なんてひとつもない映画
内容的にはものすごくタフなのに
見た後に
そのナチュラルさが心に浸潤して
多分一生忘れられなくなるような
肌触りを持った映画

結局上野や市原、さらには共演者達が描く
不可思議な世界に取り込まれているだけなのかもしれませんが・・・
観客を取り込んでくれる作品こそ
やがて名画とよばれていくのでしょうから・・・

ま、ということで
「虹の女神」
よいものを観たと思うし
また観たいとも思うし
お勧めの映画でもあります

ところで余談というか蛇の足ですが
映画館からの帰り道、ゆっくりと歩きながら
彼女にイプセン「人形の家」のノラ役をやらせたら
面白いのではとふと思ってしまった・・・
どっかの演出家が
彼女をたぶらかして舞台に上げて
ノラさんをやらせませんかねぇ・・・


R-Club


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のだめの説得力(のだめカンタービレの感想)

のだめカンタビーレの原作には
夏休みに出会いました。
TSUTAYAに山積みしてあって
最初はすでに出ている巻数の多さにちょっとびびったのですが
読み始めたら本当に面白くて・・・
2日後には全てを読みきり次の巻がいつ出るのか楽しみにしている始末

そのテイストが今回の月9にはしっかりと生きています
キャストもいいですよね
上野樹里さんも玉木さんも
キャラクターがもっている香りのようなものを
しっかりと伝えている
むかしならちょっと反則技っぽい表現も
非常に効果的。

でもこの作品は
ただ、単純にコミックのテイストを追っているだけでなく
音楽を通してなにかを表現することの本質を
しっかりと描き出していますよね
表現するに際しての気づきや心の高まりを
しっかりと伝えています
Sオケが表現に行き着くまでの過程って
これだけ漫画チックな世界なのに
一方ですごく惹かれるものがある・・・
しかも、クラシックが持っている
豊潤さや深さにもきちんと敬意を払っていて
演奏シーンなども非常に心地よいし・・・

何かを表現する意欲って
見るものを感動させるための原点ですよね
このドラマにはそれがきちんとあるような気がするのです。
また、その意欲が空回りしていませんものね。
まあ、元々が才能に恵まれた人の集まりである
音大での話しだし
生活観が欠落していてもまったく違和感がない世界だし・・・
多分ちょっとした非現実の世界でもあるし。
だからこそ
その世界に取り込まれる1時間が心地よく感じられる。

視聴率が取れるかどうかはわからないけれど
表現を受け入れることが大好きな私にとっては
月曜日がブルーでなくなるほど
素敵な1時間だったりするのです

R-Club


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だって文化の日、本谷有希子と岩井俊二 あるいは刹那

3連休ですね・・・

PSXにたまっていた番組をDVDに落として
モルモットの頭をなぜながら借りてきたDVDも観て
さらにはベランダで心地よい風をかすかに感じながら読書をして・・・
初日としてはなかなか充実していました

そうそう、衝撃的というか心をえぐるような作品にも
けっこうめぐり合って・・・

で、夜に書くのは触れたものへの書評と劇評です

・リリーシュシュのすべて
 いわずと知れた岩井俊二監督の作品です
 私たちの学生時代って、夢見る夢がたくさんあったのに
 なにか閉塞した雰囲気
 でも、これって私が20代の後半に経験したことと一緒かも
 しれませんね・・。
 昔、付き合っていた女性に交通事故で死なれたことがあって
 (実話です)それから人生が時として刹那に切り取られて
 見えるようになったのですが
 そのときの感覚と映画のトーンがすごく似ているのです。
 因果がありながら、感覚は刹那にやってくる
 溢れるような感性と、押し縮められたような現実の刹那
 10代前半の物語は
 成長という構図ではなく拡散するように大人になった私にとって
 まるでなにかの縮図をみるようで・・・
 リリーシュシュの歌が溢れかえる感性を色に変える
 溶剤のように心に流れ込んでくる

 蒼井優が本当に好演で・・・
 見ているものを映画の中に引き込むような
 魅力があって・・・
 その死が唐突なのに観ているものが受け入れられるのは
 それまでの彼女の演技にひりひりするほどの必然があるから
 
 無機質な記号が変換されてBBSのメッセージにかわり
 まるで消費されるようにして塊になって・・・
 いくつもの日常と非日常が交差する中で
 毎日が過ぎてゆき少年は成長していく
 
 何か麻薬が画像や音に込められているようで
 かすかな痛みが染み込んでいく感じで・・・・
 わけのわからない涙が突然やってくる

 岩井俊二の世界観に圧倒されるばかりでした

 めぐり合ってよかった映画だと思います

・生きているだけで、愛
 本谷有希子さんのお芝居、「遭難、」の会場で
 購入しました
 表紙に本谷さんの合理的でオシャレなサインが入っています
 著作権にひっかかりそうだから掲載はしませんが
 彼女のもつ陽の部分が見事に表現されているような・・・

 で、内容はというと、
 自分への愛を捨てることなく自分と付き合っている
 女性の男性にたいする愛の刹那を見事に表現した作品とでも
 いいましょうか・・・
 主人公の気持ちの変遷が痛いほど伝わってくるのですよ
 特にバイトをしていて、自分が許容できるコップを溢れてやってくる
 なにかに対応するシーンのすごさ
 そして、あふれ出したものを受け止める男性との関係の
 息を呑むような描写・・・
 
 芝居でもそうなのですが
 彼女の作品には、だれも見せることができない最後の一線を
 さらっと見せてしまうような潔さのようなものがあって、
 「ストリップ嬢が最後まで脱ぎきったときに見せる
 誇りに満ちた笑顔・・」なんていったら本谷さんに怒られそうですが
 なにかそれに近いものが物語から匂いたっている
 欝の描写にしても、登場人物たちの愛や苛立ちの描写にしても
 即物的なリアルさがそこにあって・・・
 たとえばエゴンシーレが描く少女の陰部のようなリアルさと
 読むものが思わず受け入れてしまうような現実感があるのです

岩井作品にしても本谷作品にしても
概念がしっかりとあってその中で物語が踊るのではなく 
流動的な感覚のなかに物語が浮かび上がっていく感じがします

それは私自身の過去・現在、それどころか未来までが
ある種の液体で浸潤していく感覚を醸成して・・・

晴天の文化の日に
秋いっぱいの日差しのかなで
すこし冷たい風を感じながら
私は透明なものに満たされた心をもてあますしか
なかったのでした

R-Club


 

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