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生きるもののための墓地@赤い鳥逃げた

今日は久しぶりになにも予定のないお休みで
久しぶりに父のお墓参りをしてきました。
家から車で20分くらいのところにあるのですけれどね・・・
まだ分譲中(とはいわないか・・・)でどんどん新しいお墓が・・

父の納骨をしたころはまだ隙間だらけの霊園が
気が付けば美しい公園墓地に生まれ変わっておりました
並んだお墓の墓誌をなにげに読みながらあるいていると
ひとつひとつの墓石の下に眠る人生の重さのようなものが
なにげにそこに潜んでいるのを感じます

それは同時に今生きている人の人生をも浮かび上がらせる
当年でなくなった子の名前を墓誌に刻ませた母の気持ちや
27歳の女性を墓に収めた父もしくは夫の無念・・・
お墓というのは死んだもののものであるけれど
ささげられた花たちに浮かび上がるのは生きたものたちの想い

離風霊船の「赤い鳥逃げた・・・2005」を見たとき
ふっと父親の墓地の風景が浮かびました
生きるものと死せるものの関係を見事に描いた作品
日航機墜落が1985年の夏でその翌年の1月には
初演されているとのことで当時の衝撃はさぞやと思います

ただ、その衝撃度の強さは風化しやすさでもあって・・・
パンフレットを買って片桐機長の話を読んでも
舞台上に現れた彼の役割は誰にもわからない

2005とタイトルに銘打って20年の時間を舞台上に設定しても
風化ということが吸収されていないから
だから衝撃はかなり古臭いにおいを放ってしまう

惜しいと思うのですよ。
もう少しやり方を考えれば
時間のかけがえのない重さまで
表現できたかもしれないのに・・・
ギター侍に残念といわれるような(ニュアンスとして・・・)
どうしようもない風化・・・
なにかを足すか引けばうまくいくような気がして
でも、きっと難しいのだろうなという気もして・・・
舞台の屋台崩しは感動物だけれど
物語が屋台崩しになってしまうのはあんまりだし・・・

そんなことをふと考えてしまいながら
実物をみたシアターグリーンをでると
そこにはお寺が何軒か並んでいてお葬式の準備中
ひとつの命の終わりに対してたくさんの人が働いているのを見て
その魂は昇華し、生きるものたちだけが墓地に参り
そして生きることを思い・・・
芝居の普遍性をひしひしと感じるだけに
益々、うーーーんと唸ってしまったことでした

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