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チケットを引き出した帰り道の幸せについて

あいかわらず寒い日が続きますね・・・
日差しはあたたかいのに空気は冷たい

週末に見る芝居(ムーンリバー)のチケットを
お昼休みに博品館のPiaにとりに行ったのですが
会社を出たとたんに刺すような風邪にふかれて
びっくりしてしまいました

人間には五感というものがあってそれが
バランスをとりあっていろんなことを感じるのだそうで・・・
オフィスの窓から眺める
ぬくもりいっぱいの日差しと、ランチついでに出た外の温度の違和感は
そのバランスをちょっと揺るがしてくれる

でも、違和感が悪いわけではなく
違和感によろけながらやっと気づく
そこに息づく季節がいとおしく思えたりするわけで・・
ステレオタイプに暖かい日差しと心を和ませる南風の組み合わせも
当然に素敵なわけですが
北風と太陽が対抗するのではなく共謀して
人間に一泡吹かせてやろうというようなお天気は
それはそれで同じ強さの日差しが与えてくれる思いに
豊かなバリエーションを与えてくれます

でも気候やお天気から
浮かんでくるイメージとはおかしなもので、どういうロジックになっているのか
自分でも、というか自分ながらよくわからない
3月の日差しのなかで南風にふかれて、のほほんと流れる雲をみていると
小学校の低学年のころ、
土曜日の午後にその年初めて開け放した窓辺で食べたチキンライスを思い出すし
同じ日差しでも冷たい風に吹かれていると(たとえばきょうのように)
高校を卒業した次の日に偶然あったクラスメイトの女の子と
駅のホームで何時間も話した場面が浮かび上がる・・・
まあ、何が面白くないって人に前の晩に見た夢の話をされるほど
面白くないことはないそうで、
ほとんど同質のものをお読みいただくのは
心苦しいのですが、
まるでパズルのように、何かから引き出される何か・・・
それは心地よいものばかりではないけれど
その組み合わせの時だけ引き出すことができる引出しの鍵を
たくさん持っているというのは結構素敵なことではというお話・・・

気候や日差しでもそうなのですから
劇場にいくと、役者たちが作り出す空間には
そんな引出しの鍵がごろごろしています
しかもその空間がまた引き出しのコンテンツになったりもする・・・
夕暮れの裏町を歩いているときに
はるか昔にタイニィアリスの空間で体育座りをしてみた
自転車キンクリートや青い鳥の世界が
なにかのはずみでふっと浮かんでくることがある
その不可思議さ、尾崎翠じゃないけれど
そもそも浮かんでくるのが舞台上の不可思議空間ですから
向き合うものは作り物、
でも作り物の先だからこそ第六感の向こう側がふっとみえたような・・・
不可思議のなかにある不可思議を見ることができるほどに
引き出しにいろんなものがはいっているのは結構幸せ
自分がその引出しに閉じ込められてしまうとちょいとまずいですが
あけたり覗いたりする引出しがたくさんあるというのは
なんか素敵なことであるような・・・

冷たい風に身を少しかがめながらも
博品館のチケットショップでPiaで予約したチケット引き出して
オフィスに戻る帰り道
なにか満たされているなって思うのは
そんな引出しにいれておくものが
またひとつ手に入ることになったからなのかもしれません

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