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Swing Girls DVD全3巻の妙にまったりした世界

このニュアンスを言葉にするのは結構難しいのですが、
ある物語が持っている世界みたいなものがあって
人はその中に入り込むと妙に安心するような感覚があります。

たとえば「うる星やつら」なんかが作っていたマンネリの世界が
その典型なのですが・・・
それは、一朝一夕でできるものではなく
雑誌への連載、そして100話以上のアニメが
毎週放映され、さらには再放送され・・・
2クールに一度変わるテーマソングが何曲もつみあがり・・・
で、その中でのお約束に近い感覚に取り込まれる・・・
まあ、そのもっとも良く出来た形が「さざえさん」なのかもしれませんが

映画、「Swing Girls」の3枚組みを約5時間にわたってみていて
見ていくうちに感じたのは、ひとつの世界に取り込まれている感覚でした
元の映画というか「本編」はやく2時間程度なのですが
残りの参考映像のようなものを見続けていると
その世界に出演者がどのようにして入り込んでいったかがわかってきて
まるで学校の、そのころはずっと続くような気がした放課後の
ちょっと怠惰なクラブ活動の感覚が蘇ってくるのです

クラブ活動にしても、うる星やつらにしても
様々な個性が毎日を繰り返していく世界で・・
まあ、本編での「Swing Girls」には目標があって
そのようなのんべんだらりから脱して
自分のやりたいことに正直になって
向かっていくわくわく感がこの映画の醍醐味でもあるのですが
仕事として何かを作り上げる出演者達の表情や
作り終えた出演者達の一種の連帯感のようなものを見ていると
そういうなかにもどこかにむかって一緒に流れていくような感覚の甘美さが
(映画を作っている人たちは本当に必死だったのだろうけれど、
終わってみればの雰囲気を見ればという意味で)
たまらなく良かったりするのです

しかし、最近の映画のDVDってすごいんですね・・・
なにせ副音声の部分で映画の出演者や監督が
映画を見ながら感想を述べ合っているのを聞くことができるのですから・・・
出演者が映画の外側にまわって映画を一緒に見るっていう感覚は
ある意味新鮮で・・・

まあ、昔、山の手事情者が得意としてた、出演者が客席から
他の出演者が演じているところを厳しくつっこむみたいな感じがあれば
もっとアートに近い感覚なのだけれど・・・
そこまでいかないでお互いにぬるく突っ込みあうところが
やっぱり部活のイメージで・・・
それは多分映画の中の世界もそうだし、出演者達の連帯感もそんな感じなのだろうし
ちょっと贅沢をしてねずみのアクセサリー付の
DVDを買った観客も巻き込まれているのだろうし・・・・・
ただ、このニュアンスをどう表現するのか

的確な言葉が見つからないのですけれど・・・
誰かよい日本語があればご指導くださいな

R-Club


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蛇と早春の比較論(二つのお芝居の感想、番外編)ねたばれもあります

この3連休にふたつのお芝居をみました。
ひとつはスパイラルホールの松尾スズキさんのお芝居、
もうひとつは三鷹芸術文化Cの早春ヤングメンというお芝居です。

面白かったかといえば、両方とも面白かった

「蛇よ!」は2人芝居にありがちな甘さがほとんどなく
良く練られた作品でした
松尾スズキの演技力って大竹しのぶと十分渡り合えるほどなのねなどと
妙な感動のおまけまでついて・・・
笑いに笑ったけれど本当はけっこうやるせなく重い話なのかもと
帰り道にじわっときたり・・・

あの幕間の映画って、松尾や大竹の世代(私も人のことはいえないけれど)にとっては
一種の現風景なのだと思います。
そして現風景の先にお芝居の内容がある感じ・・・
使い込んだお金を使い果たしても
狂気がそばにたむろしても
精子のころから流れのままでも
人を刺しても
劇的に終わらずにぐだぐだと続く物語・・・
笑いすぎた後に、ふっと
行き場のなさへの虚無感にとどくちょっと前に
中途半端なやるせなさがやってくるという
まあ、松尾一流の屈折した趣向がたまらないというか
くせになるというか・・・

とにかく二人の役者の表現は緩急自在、
物語にも斬新な展開が随所に見られ
無茶をやっていても無理がない
そして深く観客を包み込むような演技のゆとりのすごさ
冷静に考えると
彼らの演技がないと下卑な内容にもなりかねない台本なのですが
彼らの表現力はそこに深さと本来物語が含んでいるものを
しっかりと膨らませて観客に与えてくれる
まあ、常人には真似のできない舞台でありました
客席に中村獅童さんがいらっしゃったような・・・
それもうなずける作品ではありました。

一方「早春ヤングメン」は若い役者さんが多く出演している芝居です。
そりゃあ大竹しのぶさんの翌日にみると
個々の役者の演技もどこか弱さがあったり不安定だったりはするし
押して表現していくような部分がどうしても目につきます
でも、結論から言うと、私の中でどちらが面白かったかという勝負は
100対98くらいで「早春ヤングメン」の勝ちかもしれない

少なくとも、役者さんたちが舞台を支えることはあっても
舞台を滞らせる部分はひとつもなかったし
町田マリーやブルースカイといった十分実績のある役者さんが
枠を越える演技が必要な部分を支えたという部分も
その分他の役者さんは背伸びのない演技をしていたような・・・
で、その演技の小さな真摯さに心惹かれる部分がとてもたくさんあるのです。
数多い出演者全員にそういう観客のこころを
ふっとつかむような演技があったといっても過言ではない・・・
たとえば、ひとつの集団を離れる演技がみんなよかったり・・・
演劇部を抜けるときの清田ゆきさんのしぐさや間の取り方
劇団ブルドックを離れるときの後藤飛鳥さんの
町田マリーさんのせりふを待つ表情・・・
そういう、細かい部分で良い芝居の積み重ねが
観客から2時間40分という時間の感覚を奪い
舞台上の時間と観客席の時間を一つにしていった気がします

昔、双数姉妹の「やや無情・・・」という芝居を見に行ったとき
大倉マヤさんが最初に舞台となる部分のいすの並び方を点検するシーンがあって
その演技が最後の大きな感動をよぶ糸の結び目になったことがあります
(と、その芝居を見たとき私はそう感じた)

それとおんなじで
ちいさくとも良い芝居をされると観客って無意識にその先に目を向けますよね
見終わってから気づくことなのですが
そういう観客に前を向かせるようなひっかかりが
この芝居には数多くあって・・・

良いお芝居というのは一発芸のようなものではなく
小さくともしっかりした仕事が積み重なったときに
成立するものかもしれないと、素人ながらに感じたことでした

細かい劇評はR-Clubをご覧いただきたいのですが
村上大樹さんは本当によい仕事をしたと思います

まだ、27日などにも公演がのこっているお芝居なので
三鷹詣をするお時間のあるかたには是非おすすめです


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やわらかい脚立(絶対王様)のお話をもうすこし

唐突ですが・・・・
映画や演劇を見ることとテレビをみることの一番の違いは
見ることへの強い意志が存在するかどうかだとおもうのですよ。

そりゃ、このドラマは絶対見るぞみたいなお話ってあるだろうし
最近はほっといてテレビを見るという感じでもないので
(昔のように一家の中心にテレビがあったような時代でもないので)
テレビだって意思がないと見ることができないぞみたいな
お話もあるのでしょうが、
映画や芝居を見るためにはお金も払うし自分の足で出かけなければ
いけない
これはもうテレビとは違います

で、映画と芝居なのですが、
映画の方がなんとなくお気楽な感じですね
国会議員が酔っ払っていたいけな女性を襲うような
丑三つ時なら別ですが、
少なくともお昼時なら映画館で映画をみることはいつでもできるわけで
映画館の窓口へいけば
(ゆとりがあればチケットショップなどで安いチケットを買うのがもっと
お勧めですが、)
とりあえず自分の見たいものを見ることができる

芝居はその点格段に面倒くさい。
何せ芝居を見たくても、公演日は決まっているし一日1回しかやらないし・・
(マチネまである日はそんなにないし)
で、他人と競争してチケットを取ったりすることさえある・・・
そこまでして見たいという強い意志がなければ
人は劇場に足を運ばないわけで・・・

で、昨日「絶対王様」を見に行った動機なのですが・・・
大上段に振りかぶった割には意外と単純で
bird’s eye viewを見に行ったときに
有川マコトが印象に残って、彼の舞台を見に行きたいって
思ったわけですよ
Nuの彼には一種腹の座った部分と繊細な部分が共存していて
興味を惹かれたのです
元々「絶対王様」という劇団名はよく知っていたのですが
なんというか是非見に行きたいっておもったことが
これまでなかった
チラシとかもよく見ていたのですけれどね・・・
チラシ自体が私の琴線に触れなかったというか・・・
正直なところもし、Nuで有川氏の演技をみることがなければ
一生見に行くことがなかった劇団かもしれませんね・・・
そう、思い出した。「絶対王様」という劇団名を聞いたとき
なんかすごくひとりよがりな芝居をやる劇団という
間違った印象をもってしまったのですよ・・・
とんでもない誤解だったのですが、
そういうあとで考えるとなんでやねんみたいな話が
けっこう人間の見識を狭めたりするもので・・・
芝居を見に行くというかお気に入りの劇団にめぐり合うというのは
結構僥倖の部類にはいることだったりします

さて、出会うまでの紆余曲折はあったものの
「絶対王様」の公演は有川の演技を楽しむ以上に
いろんなことを考えさせてくれる舞台でした
もちろん有川の演技は非常によいできで
ラスト前のモノローグっぽい部分
菜葉菜が消えた後の時間など思わず息をつめて見てしまったほど
でも、有川のよさって今回公演のなかでは一部に過ぎない
有川のよさがきちんと収まるキャパを持った芝居でありました
暗転が多いと前説でいってましたけれど
暗転のひとつずつが舞台の流れを削ぐことなく
逆に舞台全体を膨らましていたり
チャイコフスキーの音楽がどのシーンにもしっかりマッチしていたり・・・
流せば当たり前のすごさというか、実は結構すごいことを
さりげなくやっているというか・・・
気負いのないウィットがしっかりとちりばめられていて
しかも物語から離反していないことのすごさ
物語自体もそれなりに奇抜なのですが
奇抜さがちっとも邪魔にならない

なんとなく見ていてもふらっと物語に引き込まれるような
魅力がこの劇団の舞台にはあります

終わってみれば、良い劇団にめぐり合ったなというのが
正直な感想
今回の作品を見ている限り発想の飛び方のバランスが実に秀逸な作品
だったようなきがするし。
少なくとも私好みであったことは間違いのないところでね・・・。

考えてみると元は「双数姉妹」からかも・・・
双数姉妹からたとえば桑原脚本のお芝居にであったり
bird's eye view経由で絶対王様を知ったり・・・
ドミノが倒れるように良いものに次々にめぐりあって
良いことが次々に膨らんでいくような
ちょっとプチ幸せな気分に浸っております

ところで双数姉妹の本公演ももうすぐですね
プチ幸せをいただいた感謝の気持ちとともに
4月公演も結構楽しみにしています

R-Club(絶対王様の今回公演の劇評掲載中)


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ムーンリバーのほとりで(鈴置洋孝プロデュース)

(3月9日一部改訂しました)
これこそ本当に歳がばれるのですが・・・
本当にかすかに、アンディウイリアムズショーのことを覚えています
オズモンドブラザーズなんかが一緒にでていたやつ・・・
小学校にいったか行かなかったかのころだと思います
でも、その頃聞いた唄って頭のどこかで覚えているもので・・・
ムーンリバー♪
聞くたびになんというか遠い記憶が蘇ってきます
転向する前に通っていた小学校の
帰り道の風景とか・・・
担任の先生とか・・・
記憶というのはそれなりに不思議なもので・・・

で、あまりつながりのない枕のあとは、
当代枕の達人といわれる小三治師匠の偉大さをかみしめつつ
お芝居の「ムーンリバー」です

この芝居を見に行こうと思ったのは
ひたすら桑原裕子さんの作るものを見たかったから・・・
桑原裕子さんを始めてみたのは双数姉妹の「双数姉妹」という
公演だったような気がします。
紀伊国屋サザンシアターのステージは
それはもう美しく
彼女は鏡の世界の中で危うく不確定な空間のなかで
輝いていたような記憶があります

今回鈴置洋孝プロデュースでは「ムーンリバー」では作・出演ということで・・・
前回の双数姉妹で彼女の役者としてのアビリティについては十分味わったつもり
なのですが、作者としての彼女の作品も見たくて・・・

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チケットを引き出した帰り道の幸せについて

あいかわらず寒い日が続きますね・・・
日差しはあたたかいのに空気は冷たい

週末に見る芝居(ムーンリバー)のチケットを
お昼休みに博品館のPiaにとりに行ったのですが
会社を出たとたんに刺すような風邪にふかれて
びっくりしてしまいました

人間には五感というものがあってそれが
バランスをとりあっていろんなことを感じるのだそうで・・・
オフィスの窓から眺める
ぬくもりいっぱいの日差しと、ランチついでに出た外の温度の違和感は
そのバランスをちょっと揺るがしてくれる

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