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まあるく緻密@青山円型

青山円型劇場というのは私のお気に入りのひとつで
お気に入りの芝居があそこであるととてもうれしくなります

いまや1万円で大劇場に人を集める劇団新感線の「スサノオ」も
東京初演はあそこでした
そうそう新感線といえば
右近健一の「セーラームーン」忘れられません
ローラースケートで走り回る
ヤマトのおろち一族のずんどこぶし
某狂言師のお嫁さんになってしまった羽野アキも
とても真摯な演技をなさっていました
そもそも猪上座長がちゃんと出演していましたから・・・
当時は鳳ルミさんも出ていたようなきがします
最後のShow-Yaの「私は嵐・・・」もすごく印象に残っています
高田聖子が一種の雰囲気を持っていて
強さとはすっぱさ・・・・
陣内かおりお姉さんはどうしていらっしゃるのだろう・・・
今にして思えば贅沢な舞台でしたね・・・

青い鳥の「青い実を食べた」も印象に残る舞台でした
伊沢磨紀さんの最後の台詞が印象的で・・・
一瞬にして舞台の中央に竹やぶができたのもすごかった
鼓笛隊がでてくるあたりが手作り芝居の青い鳥らしくて・・・

山の手事情社の「March」もすごかった
ご飯が炊ける匂いがして・・・
柳岡香里・池田成志と清水宏が当たり前に競演しているのもすごかった
制限された広さの中に一種の開放感があるのもすごかった

「笑いの大学」の初演もあそこでしたよね
近藤芳正と西村雅彦の緊迫した演技・・・
息の詰まるような時間のなかに
きちんと出口がある笑いをもってくるのが三谷幸喜の彼たるゆえん

思うのですが、青山円型というのは、バーボンを熟成するシェリーのたるに似ているような
気がします
贅沢な大きさでゆっくりと芝居を円熟させていくようなところや
独特の密閉感のようなものがこのスペースにはあって・・・

天才ケラさんあたりになると
「室温」~夜の音楽~などでその熟成感と閉塞感を
うまく使って成功していましたね

来月一番楽しみにしているのが「ダンダンブエノ」の公演・・・
近藤芳正さんが中井貴一氏をどのように料理してくれるのか・・

バーボンを熟成するシェリー樽は
私の舞台に対する期待も
ゆっくりと熟成してくれているような気がするのです

R-Club

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実感と概念の間

以前からいつ逝くのかわからない状態でいた
うちのペット(モルモット 6才)が昨夜ついに天に召されました
先週くらいから脚にもう力が入らなくなっていて
生きているのが不思議なような状態でしたが
それでも、夜流動食をゆっくりと食べて
飼い主を安心させておいて・・・、
未明に横転して立てなくなり
私の腕の中で抱かれ続け
明け方に・・・、ゆっくりと呼吸に疲れたようにひとつしゃっくりをして
なくなりました。

死についての戯曲はたくさんあります
死自体がモチーフになっている作品も多いですよね・・・
ただ、自らが愛するものの死に直面すると
死を描くさまざまな含蓄のある言葉が
すべて概念という枯れ木の森を吹き抜ける風音に思えるから
不思議です
私は腕の中で死んでいくものに
その死を納得させるような舞台のシーンを当てはめようと
記憶をたどったのですが
結局見つけることができませんでした

もちろん、芝居における死の概念を否定するつもりはありません
枯れ木であっても、そこに緑の大きな葉を見せるのが演劇の力なのですから

ただ、舞台の現実をどれだけ重ねても
創作の世界が現実の感情を凌駕するには
現実の感情を舞台上のドラマに導かない限り
難しいのだろうなと
ふと思ったことでした
舞台創作とリアルの関係を否定するわけではないのですが・・
料理で言うと野でつんだイチゴのみずみずしさを味わうことと
パティシエが腕によりをかけたイチゴのムースを楽しむことを
同列で比較することはむずかしいということなのかもしれません

そういえば、亡くなったモルモットの「こもる」はいちごのへたをおいしそうに食べていましたっけ・・・
思い出すとかなり悲しい・・・

R-Club


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タップに魅せられて・・・

突然ですがタップダンスのお話です。

今朝、地下鉄に乗っていたのですが、
止まった駅の窓のむこうのホームでタップを踏んでいる黒人の男がいて・・・
ちょっとわくわくしてしまいました。
なんかブロンクスあたりだとなじむ光景なのですけれどね・・・
でもなにかが心のなかではじけた・・・

もちろん私はタップダンスなどこれっぽっちもできないのですが
見るほうは一応いろんなタップダンスを体験しているので
多少はレベルもわかるし
それ以前にタップダンスをみるたびに
私の体のなにかと共鳴するようなきがするのです

ちょっと前にセヴィオン. グローバーの「ノイズ&ファンク」を見たとき
新しいタップのスタイルに痛く感動したのですが
今の何かを求める気持ちはああいうのとはちょっとちがう
パワーのあるタップも決して悪くないのですが
同時に力を軽さにかえたような繊細でシャープな
タップが無性に見たくなっています

「Uptown It‘s Hot」というレビューが昔々ブロードウェイでかかりまして
その中でモーリスハインツがソロで演じた約5分のタップはすごかったな・・・
彼は「Cotton Club」というリチャードギアが主演した映画に
兄のグレゴリーハインツと一緒に出演していましたが
その演技って彼にとっては流すようなレベルでしかなったことが良くわかった
かれのガチンコ演技を見たときにはもう忘れえぬ感動でした
一本のスポットの下で
鋭い靴音で刻んでいくリズムの美しさ
時に靴裏をつかって奏でる摺り音をアクセントに
リズムはどんどんと進化を遂げていく感じ
息もつかせぬステップの連発に何度も拍手が沸きかけるのですが
そのたびに彼は「Not Now」とそれを制して
最後に神業のようなリズムをものすごい切れで刻んで
場内の今度は(拍手をして)いいだろうという雰囲気に答えるように
「Now」といってbowをして見せるのです

あと3人のブルーのタキシード(黒人に似合うちょっと光沢のある青でした)が
一糸乱れずに踊る「ダイナ」も忘れられません・・・
まるでフレッドアステアの映画の一シーンのよう・・・
夢でもみているような気分・・・
すごいことをやっているのにさりげなく流れていく
シーンの連続
感動はひとつのシーンのすごさではなく
すごいシーンの継続のなかで高まっていくのです

もちろんbroadwayにかかるレビューですから
レベル的には最高峰のものであったはずですが
本当にレベルの高いものは
すごいものを見ているという自らに言い聞かせるような感動でなく
つつみこむような至福感を観客にあたえるものなのだということを
このとき初めて知りました

後楽園のタップを見たとき
ふっと至福感に対する飢えのようなものを感じた・・・

贅沢な飢えではあるのですが・・・
でも豊かな感覚を求める気持ちを持ち続けるのは
悪いことではないと思っています
まあ、ある意味高くつきますけれどね・・・はあ・・・

R-Club 

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Bob Fosseに対する私的賞賛

季節の変わり目は
晴れやかな気持ちと憂鬱な気持ちが周期的に訪れるような
気がします

もう良い年ですから自分との付き合い方にも慣れていて
気分が滅入るようなときには
気が晴れるようなものを見たり読んだりして
ゆったりとすごせる時間を作るようにします。

でも不思議ですね・・・
頭で考えると、癒し系の、静かな、α波がでるような物が
よさそうなのですが実際に心が求めるものは
もっとシニカルな目をもった暖かい表現であったりします

たとえば・・・
Bob Fosseの作品に「Sweet Charity」というミュージカルがあって
昔々Broadwayの再演を見たときに
椅子から立てない経験をしたことがあるのですが
それ以来、心が落ち込むと
このミュージカルのナンバーが懐かしくなります

Bob Fosseの作品を一番最初に見たのは
ライザミネリ主演の映画「Cabaret」ですが
そのときの彼の視線はなぜか私を和ませました

退廃のなかの純粋さ、そして純粋さの果てをみつめる
シニカルなまなざし・・・
私のなかに大きな慰安が広がったのを覚えています

そしてミンスコフ劇場で見たこのミュージカル
当時マンハッタンにいた私は10回もこのミュージカルを見ました

Sweet Charityの中に、ダンスホールの屋上で
主人公と友人の3人がそれぞれのかなわぬ将来を語り合う
というシーンがあります
Sweet Charityというと「Big Spender」があまりにも有名で
なおかつ「Richman‘s Flog」の振り付けは
語り草になっていますが
そのあとに登場するシーンにも
Bob Fosseの現実を見つめる目をベースにしながら
夢を羽ばたかせるような意図があって
私をときめかせます
バレエのようなステップから斜めに舞台を使って
一気に夢が広がる様子に至る一瞬、
私は至福の時間を共有することができます

この感覚はいったいどこからくるのだろう・・・

Bob Fosseがいつまでも魅力的におもえるのは
この不思議な慰安を表現できる演出家だからかもしれません

そういえば「It’s showtime fox」といって
一日が始まるという
「All That Jazz」のシーンにも惹かれたな・・・

彼のもつ生きるというイメージは
私達が見えていないものを持っているのかもしれません

やっぱり彼は偉大だったのだと思います

R-Club

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借景、あるいは言葉の背景

昔ながらの日本語ばかりをあつめた「なつかしい日本の言葉」という
本が出ています。(宣伝会議 文庫サイズ)
これがとても面白くてね・・・
同時に知っているようで意味がちゃんと理解できていないことが
意外と多いのにショックでした

「たまゆら」とか「早乙女」とかは意味もわかってなかったし
「蓮っ葉な女」がなぜそんな意味になるのか知らなかった
おきゃんってお侠って書くんですね・・・
ゆかしい人、素敵な言葉だと思います
言葉に含みがあるのがよい
何かを点でなく線、線でなく面というように
広がりを持たせてあらわしているのが良いと思います

たとえば今より情報の流れがゆったりしていたというか
こういう言葉が生き生きとしていた時代には
このような言葉が人々の生活に溢れていたのでしょうね・・・

このあいだ、NHK教育で「ひょっこりひょうたん島」の再放送を
やっていたのですが、今のアニメなどにくらべても
言葉の遊びがお洒落でちょっと感動してしまいました
当時としては斬新な言葉の遊びだったのだと思うのですが
いまでは気品すら感じさせるような部分があって・・・
井上ひさしの才気を感じます。

野田作品(秀樹)の言葉遊びもニュアンスをしっかり引っ張っているのですが
次元を飛び越えてリンクを張るような部分があって
その分新しいけれどちょっととっつきにくい
慣れると自由度が大きいことから
作れる世界も大きくなるのですけれどね
リンク自体にピアノ線のような強さが必要ではあるのですが・・・

広がりにはしたたかさが必要だし
したたかさには感性が不可欠です
感性が共鳴するから新しい言葉が繋がっていく
いろいろな事象や豊かに感じる心を借景にして
想いが伝わっていく

たくさん言葉を知っていることは
たくさんの感性を持っているのと同じこと・・・

だから
「なつかしい日本の言葉」に
私ははまってしまうのです

R-CLUB

の劇評も豊かな感性に裏打ちされたものになるように
精進しなくちゃ・・・


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ガマ王子??

本日のYahoo、お勧めに後藤ひろひとの新作が入っていましたね
パルコ劇場の公演だとか・・・

「MIDSUMMER Carol ガマ王子vsザリガニ魔人」

だとかなんていってちゃんとチケットは押さえているのですが・・・

後藤ひろひとの作品には癖のあるものが多いのですが
今回はどうなることか・・・

でも題名だけで一気に客をひきつけるあたりが
後藤作品らしいともいえますが

しかしよくもまあ、こういうバラエティに富んだ題名を考えつきますよね・・・
後藤さん

「ホセ中村とギャッフンボーイズ(都合によりホセ中村は出演いたしません)」
とか
「人間風車」
とか
荒波次郎」
だとか
「ダブリンの鐘つきカビ人間」
とか・・・

全ての作品に一定のクオリティと含蓄のあるところがもっとすごいけれど・・・

ちなみに「R-Club」の芝居の感想旧ページに上記の作品の一部について
掲載があります

よかったら立ち寄ってくださいね

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19:30 ちょっと素敵な光景@銀座

銀座というのは面白い街でブランドのお店があると思えば
老舗のおそばやさんがあったりするのですが
それだけではなくちょっと小粋ですてきなものもたくさんあります
柳の通りや大きな文房具屋さん
和光の大きな時計も街の雰囲気をつくっているし・・・

で、それは、銀座四丁目からすこし数寄屋橋にいった
七宝焼屋さん(安藤七宝店)にあるからくり人形のおはなし

その人形はいつもちょっと覚めた目で道行く人をながめているのですが
一日4回だけガラス張りのなかで舞台をつとめます。
たまたまその時間に前を通った人はラッキー
ちょっと人だかりができることもあります

昨日の夜、たまたま人形の前を通ろうとすると
品のより白人の老夫婦が記念撮影をしようとしていました
で、だんな様の方に人形を背景にシャッターを押すように頼まれたのですね
デジタルカメラのシャッターを切って
映ったものを夫婦に見せるとけっこう喜んでいただいて・・・
で、奥様のほうに聞かれたのです・
「この人形はいくらするの?お土産にできないかしら・・・」
だんな様はショーウィンドのお皿の値段と人形を見比べながら
小さいものならそんなに高くはないだろうと・・・

私はちょっと困ってしまい・・・
「これはKind of Performing Artだから・・・売ることはできないだろう」
と説明すると
だんなさんが
「Performing Art?」
聞き返すのです。
「How she performs?]
と奥さん・・・。からくり人形の説明に一瞬英語が浮かばない私

ちょうどそのとき、19:30になって・・・・
人形のあたりから音楽が流れ始めました。
まるで私にかわって返事をしてくれたように。

からくり人形が動き始めた時のご夫婦の表情
そちらを写真に撮っておけばよかったと思うくらいです
私が返そうとするデジカメにも気が付かない様子で
じっと人形を見つめていました

そのうちに下の箱からはしごがのびて小さな人形がのぼりはじめ
上から降りてきた人形とからみはじめて
もう子供のような表情のふたり・・・

あっという間の五分間が過ぎたあと・・・
カメラをもう一度差し出した私にご夫婦はありがとうと言ってくれました
そして奥さんは「人形の値段を聞いて恥ずかしい」といい
だんなさんは「すばらしいPerforming Art」だと何度もうなずきました

めずらしかったのかもしれません
音楽もはしごでの曲芸も・・・
でも、人形の演技をアートとしてたっぷりとたのしんだ
その夫婦の表情や感性こそ本当にすばらしいものだと
思いました。

すくなくともあの老夫婦は
人形をデザインした人の意図を理解し
自分の中にとりこんだ
感動は人形側にあるのではなく
見る人の心の中に存在するということ・・・
ふっとそんなことを考えてしまいました

人形は時間にいけばいつでも動いてくれるけれど
人形に心を動かされるほど豊かな感性を表現してくれる人を
そんなに見ることが出来るわけではありません

ちょっとこちらまで幸せな気分になりました

R-Club

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Accuradioを聴きながら

私が芝居をみはじめたのは1980年代で
まだ、「つかこうへい事務所」とか「自由劇場」とかが覇を競っている時代でした。
博品館劇場の「上海バンスキング」がとんでもなくプラチナチケットだったり・・・
最後の「Swing Swing Swing」が終わると出演者達はみなロビーに出払って
そこで吉田日出子が極上のスタンダードでお客を送り出すという趣向でした

いっぽうでは
自転車キンクリートがタイニィアリスで公演を打っていたり・・・
「Midnight Upright」だったかな・・・・
躍進するお嬢様芸なんてキャッチフレイズもありました

タイニィアリスのちかくには
「いこい食堂」なんて洋食屋さんがありまして
シャッスール(カツをケチャップでいためたご飯の上に載せた料理、
トルコライスなんて呼び方もあった)やビーフシチューがすごくおいしくて・・・
一度小さん師匠がビールを飲みながらビーフシチューを食べていたのを
観たことがあります。
真っ赤な顔で本当においしそうにグラスを飲み干していた・・・
その飲み方がなんとも言えず粋なので、私は自分の食事を忘れて
見入ってしまったことです

タイニィアリスといえば「青い鳥」の公演で
窓から出演者が入ってきたのにはびっくりしましたが・・・
私がたまたま見た日は晴れていたけれど
雨の日とかどうしていたのだろう・・・
公演のたびに店の前にはしごをかけられた当時のゲーセンも
迷惑だったでしょうが・・・

最近の私のお気に入りにAccuradioというインタネットラジオの放送局があって
そこでは細分化されているチャンネルでいろんなジャンルの曲だけを聴くことができます。
中に’80代の曲ばかりをずっと24時間かけているチャンネルがあって
当時街ですごくとがった曲として流れていたナンバーがてんこ盛りになっていて
ぼんやりと聴いていると時間が戻ってしまうよう・・・

80年代、社会人になって一年生、紀伊国屋かよいのころ
あのころから比べると演劇の世界も成熟したような気がします
それは単に役者が増えたとかそういう問題ではなく

もっとも演者が成熟していったのか
演者とともに私が年老いていったのか
難しいところなのですが
少なくとも、表現されるものの深さを当時よりずっと感じられるように
なっているのは事実です

何年か前に青山円形劇場で別役実の戯曲が新しい演出で
連続して上演されたことがありましたが
通し券をかって見に行ったとき、初演の雰囲気がどのようなものだったのか
すごく興味を持ったことを覚えています

逆もあって、たとえば鴻上氏の「朝日のような夕日をつれて」が
何年かして鴻上氏の手を離れて演出される日が来たとき
私はその演劇にどんな感想をもつのかすごく楽しみだったりします
あの紀伊国屋ホールに存在した熱狂に近い時間を思い出しながら
私は新しい「朝日」を見ることができるのでしょうか
「リーインカーネーション、生まれ変わりを私は信じます」
という台詞を聞いたとき、私は当時の感覚を心によみがえらせるのでしょうか・・

現在bananarama演奏中・・・

携帯電話もまったく一般的ではなかった時代・・・
ワイヤーで繋がれたコミュニケーションの時代・・・
音楽が突然私をタイムスリップさせます

記憶のあいまいさ、記憶へのいとおしさ
私自身と音楽との間の希薄で確実なリンクのなかで
私は舞台の上での現実や自分の感想を記録していきます
自分の未来に対しての語り部として
芝居を見つめ自らに問いながら
気まぐれに文章をつづり
R-Clubに文章を蓄えていきます

現在Men At Work演奏中・・・

Accuradioで時間と空間を飛び越えて
音楽が記憶と感情の鍵を開けるのを半分楽しみながら
日曜の夜、ゆったりと自分の思うことを再確認してゆきます

けっこうこんな毎日、特に週末の終わりを・・・・、私は気に入っているのですけれどね


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歯ごたえの大切さ(芝居も食べ物も・・・)

うちにはモルモットがいます。
一匹は人間の年齢にすると70歳をこえるようなおばあちゃんなのですが
最近かむ力が弱ってきて物がうまく食べられなくなってきました
モルモットというのはすこし絶食状態になると
腸内で食べ物をエネルギーに変えてくれる菌が死んでしまうので
かむのが出来ないというのは死活問題・・・
で、しょうがなくてスウィートコーンとクランベリー(冷凍)を
擂り鉢ですったものを与えています

彼女にはもう、昔食べていたきゅうりは大きすぎるみたいで
擦ったものの方が口に合うみたいで・・・
もうばくばく食っています

でも、もう一匹、人間の年齢だと20代後半になるモルモットがいるのですが
彼女は擦ったものを一切食べない・・
きゅうりをぼりぼりと一気にやるのが好み・・・
彼女たちを見ていて口当たりとか歯ごたえって大切だと思います

ただ、難しいのですよ
歯ごたえが適当でありながら栄養が十分で、
なおかつ食欲をそそる、すなわちモルモットにとって物をつくるのは・・・

芝居も同じ・・・
独善的に苦いだけや甘いだけの芝居は見ていられないし
だからといって媚びる様な味付けは食欲をそそらないし
ましてや、食べる(観る)人の年齢や環境やその日の体調でも
テイストの感じ方も変わってくるし・・・

最近みたなかで一番極上の歯ごたえや味を感じたのは
「透明人間の蒸気」の再演ですが
そういう意味でバランスが本当によいなと思ったのは
少しだけ昔の公演になりますが
「双数姉妹」の「やや無情」になりましょうか

しっかりしたモチーフもさることながら
芝居の最後に出演者たちが行う「礼」の口当たりが
極上で・・・すっとはいって演じることの価値を観客に示す力量に
思わず取り込まれてしまいました

「透明人間の蒸気」は出汁を贅沢に使って作られた
京料理のたけのこのよう・・・
京懐石は思いのほかボリュームもしっかりしていますから
「ハルシオンデイズ」はちょっとお砂糖の甘さが強すぎる
フレンチのデザート

人間には五感(六感)というものがありますが、感覚のバランスは
自分のことでありながら、芝居を見る人間も作る人間も案外
自らのなかでうまくコントロールできないことなのかもしれません
鏡の中の自分のぬくもりを肌では感じられないのと同じ・・・

だから感じたことや思いつきなどが自分の中でなんなのかを表現するには
媒体のようなものが必要な気がします
料理になぞらえるなどユニークな概念が一番
テイストがつかめる芝居はよいお芝居だし
そのテイストの表現についてお互いが理解しあえば
たとえば、ありふれたランキングなどいらないかもしれないし

ちなみに上記の双数姉妹の公演は私が感じた去年のお芝居おいしい度の
なかで3本の指に入るさくひんなのですが夏の公演が決まっているそうです
これはとても楽しみ
やっぱりモルモットに限らず
おいしいものは体でおぼえているし、おいしいものの連続は
命すらをつなぐ・・・
だけど、いろんなものをちゃんと食べようね
ということだと思います

なお双数姉妹の上記感想は


R-Club

のお芝居感想のページにしまってあります。
よかったらごらん下さい

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小さなこと・大きなこと

イラクは内戦状態ですかね・・・
もうはるか昔に仕事でイラクに行ったことがあるのですが
実際のイラクの人々はちょっと下町の人情溢れる日本人みたいで
好戦的な人たちだとはとても思えませんでした

報道というのは事件が起こっている部分をクローズアップするから
昨日のアメリカに雇われていた民間人の虐殺や
今日シーア派のニュースなどを見ると
全てのイラク人がアメリカと戦っているようなイメージを与えるけれど
実際には騒いでいる人は比較的一部で
大多数のイラク人はこの事態にどうしてよいかわからず身を潜めているのでは
ないでしょうか・・・

はるか昔に仕事でお付き合いしたアラブ人の人たちが話してくれたことから
そもそもイスラム教というのはジハードばかりして戦っている宗教ではなく
最後の預言者であるモハメットの教えの下で
信じる者達にとっては
公平で慈愛に満ちた宗教だとイメージがあるのですが・・・

彼らに平和は本当にくるのでしょうか?
なんか逆のコースにむかっているような気がするのですが・・

でも、本当にすごいことっていうのは後ろ向きにしたそのすごさがわからないのかも
しれませんね・・・

そうそう、地下鉄サリン事件のときも、
朝、丸の内線の銀座駅で駅員さんが
「築地でガスの噴出があったみたいで有楽町線は止まっています」
と一生懸命していたのですが
そのときには築地の駅がとんでもないことが起こっているなんて
夢にも思わなかった

考えてみれば芝居の世界でもあとですごいなっておもうような
現実がけっこうあって、たとえば
昔、夢の遊民社の「回転人魚」というお芝居を見たとき
夢の遊民社がこんな伝説の劇団になるとは
おもいませんでしたものね・・・
ただ、マニアックだけれど惹かれるものがすごく多い
お芝居だという感想はありましたけれど・・・

それを言い出したらシアターグリーンの
「朝日のような夕日をつれて」や
「天使は瞳を閉じて」(初演 藤谷美樹が出ていたやつ)
もすごい芝居だったけれど・・・

加藤健一の「審判」も今にして思えばすごかったな・・・
スペース107でMotherがやった
「子供の一生」も今にして思えば宝物のようなお芝居です

やっぱり生は見ておくものですよ・・・
時間が物語を含ませるような類のお芝居をみると
それだけである意味一生物の財産ですから・・・

人間好奇心を忘れてはいけません

R-Club

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お約束?

ちょっと事情があってYahooのプレミアム会員になっているのですが
そうするとYahoo動画を閲覧することができるようになります。

で、いい年して恥ずかしいのですがちょいとはまっているのが
「東京ミュウミュウ」というアニメ・・・・
最初はなんかセーラームーンのぱくりかとも思ったのですが
ついつい貧乏根性(せっかく月額うん百円支払っているのだから・・・)
で見出したらけっこうおもしろくて・・・

間違っていたらごめんなさいなのですが
「うる星やつら」とおなじプロダクションの作成ではないかと・・・
ギャグの質がけっこう似ていたりするもので・・・
アニメの世界は作品の匂いがにている場合がよくあって、その中では
一種のお約束があって、そのなかで笑えたりする・・・

まあ、マンネリといえないこともないけれど
マンネリは人を安心させる効果があるのも事実ですし・・・

芝居の世界にもそういう「お約束」みたいなものがあって
劇団の顧客囲い込みに役立っていたりするみたいです

一番昔だと、キャラメルボックスの大森さんの
「おなかがすいた、腹ペコだ・・・♪」
第三舞台の長野里美さんがかぶりものをするするとか・・

表現には人に対して安らぎを与えるものと
人にテンションをかけるものと両方あるのでしょうね・・・
それらがスパイスになって、人は劇場へと足を運ぶようになる
表現に対する帰属意識とでも言いましょうか・・・

でも、大変なのだろうと思います
それらのお約束はひとつ間違えると水をよどませることに
なるでしょうから・・・

バランスの問題なのだろうけれど
綱渡りをきちんとできるのはそれだけで才能だとおもうし・・・
居心地のよさと革新性の両方を備えていないと
いずれ観客は劇場からはなれていってしまうのだろうし

演劇の観客は気まぐれな王様だし、
王様を奴隷にするほどの作品ってそんなにないし・・

40話以上の連作アニメをみながらふと考えてしまったことでした

R-Club


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