北で起こった大地震、東京での当日の記録(3月11日 当日)
3月11日の地震、
多分、何らかの形では記憶に残るのでしょうけれど、
できれば正確に覚えておきたいから
記憶が正しいうちにこの二日間に観たものや感じたことを
メモにまとめておこうと思います。
・地震発生時
会社の自席でふつうに仕事をしていました。
正確にはパソコンを使って業務処理をしていて・・・。
突然ドーンと揺れたというわけではなく、
最初は小刻みに画面が震えてふわっとした感じがやってきた。
もしかして、自分が貧血を起こしたのかとかもと思った。
ふつうはそんな感じでおさまる地震、
この日はかなり勝手が違っていて
そのうちに強い揺れがやってきました。
何段階かに分かれてどんどん強くなってきた。
会社の建物は比較的新しいビルで免震構造にもなってるとのことで、
鋭い揺れはなかったのですが、
それでも圧倒的な力でゆすぶられる感じはしっかり伝わってきて。
飛行機に乗っていてとても気流が悪い場所に入ったような感じ。
ブラインドが窓に当たる音に加えて
窓自体がが軋む音が聞こえてきて、
オフィス内に緊張が走る。
ふっと窓の外を見ると
通りを隔てた向こう側の10階建てぐらいのビルが
はっきりわかるほど大きく揺らいでいるのが見える。
あれだけあからさまにビルが揺れるのって初めて観ました。
外の状況を確認しようと窓際に寄ろうとする人に対して
「窓から離れろ!」という誰かの凛とした声が飛ぶ。
さらには時よりの強い揺れに女性の何人かが声を上げる・・・。
どのくらい揺れていたのでしょうか・・・。
とても長い時間に感じた。
始まりのごとくほんとうにゆっくりと揺れは収束していきました。
働いているオフィスには棚というものがないので、
いろんなものが落下したりということはなく、
また、地震の最中も
パソコンの電源はもとよりインターネットへの接続も生きていたことで
比較的冷静に居られたような気がします。
まだ揺れが残る中、
とりあえずは会社の基幹系のシステムが生きていることを確認。
ちょっとほっとする。
それからインターネットと自分のiphoneで
地震が東北沖で起こったことと仙台で震度が6強以上であったこと、
そして、九段会館で天井が崩落したことなどを知りました。
・地震後から会社を出るまで
少ししてから、再び余震。
その時はトイレで手を洗っていたのですが、
揺れが強くてちょっと焦った。
廊下がちょいと歩きにくかったりも。
手のすいた人が何人か情報収集のため自分の携帯電話でワンセグを観て、
津波の映像に驚いている。
太平洋沿岸全体に津波警報が出ていて、
銀座も海からそれほど離れているわけではないので、
外出は控えようという趣旨の会話も聞こえる。
次第に東北でものすごいことがおきていることが実感として伝わってきました。
予想通り電車はすべて止まったことも、JRについては終日運休になることも
まずはツイッターで知り、、
その後インターネットで確認することができました。
まあ、ぼぉっとしていてもしょうがないので、
その後、予定していた社内打ち合わせを30分ほど。
あとはときどきiphoneや携帯をチラ見しながら
自席で溜まっている業務をこなしていく。
余震が何度もやってきて、
なにか船酔いをしてしまいそうな感じ。
16時半ごろになると社内ではぼちぼち帰りの電車の心配をする人が出始めました。
JRは全線終日運休、
東京メトロも動くのには相応の時間がかかるらしい。、
加えてこの日私はシアターサンモールで観劇を予定をしていて、
そちらの情報も気になる。
この段階で一番役に立ったのはネットのニュースやテレビの情報よりも、
むしろツイッターでした。
TLにフォローしている出演者の須貝英さんや佐々木なふみさんなどの出演者の方、
さらには制作の方などから、次々に
当日公演中止のツイードが上がって・・・。
とても楽しみだった公演がなくなったことは悲しかったけれど、
この迅速さは本当に助かった。
その後の行動に迷いがなくなりましたから・・・。
開演時間の2時間近く前にきちんと情報を確認できたので、
その後は劇場に徒歩でも行くかどうか迷うことや、
たどり着けない場合の劇団への連絡とか
不要な心配をすることなく、
退社後の行動を「どのように帰宅するか」に絞ることができました。
また、ツイッターのおかげで会社の中にいて、
街の状況もとても詳しくわかりました。
新橋や上野駅の混雑ぶりや
徒歩で帰る場合の一時的に急速出来る場所の情報なども
いろんな方がリツイードでどんどん情報を流していくれるので、
かなり緻密に帰宅計画というか作戦をを立てることができた。
そういう情報のなかで
ネットなどで確認をとって精度が担保されているものは、
私もがんばってリツイード。
オフィスで情報をもらっている私には
そのくらいしか役にたてることがありませんから・・・。
終業時間から退社まで
終業時間の17時30分になって
オフィスは終日空調をそのままにしておくし、
さらには
暖かいものを飲める環境も維持してくれるという社内放送もあったので、
とりあえず会社にとどまり、
銀座・新橋・汐留あたりから地下鉄で、
志村坂上・赤羽岩淵・光が丘のいずれかにまで
行くことができるようになった時点で
会社を出ようと決めました。
そこからなら、
夜中の寒さのなかでも、なんとか家まで帰れそう。
終業時間後も仕事をしながら、
ツイッターやWeb上で情報をチェック・・・。
そうそう、携帯は繋がりにくかったですね。
なんどか自宅の近くに住む母親に電話をしようとしましたが
全く通じない。
それは、阪神大震災の時に、
当時大阪に住んでいた両親に電話をしてもつながらかった時とまったく同じ状況で・・。
あまりしつこくダイアルをしても、緊急通信の妨げになるような気がして
すこし時間をおくことにした。
また、そのころから自分の携帯でワンセグも観始めたのですが、
テレビの絵面と裏腹の
状況の伝わらなさのようなものに凄く嫌な予感がする。
これも阪神大震災の時と同じ。
本当に大変なことは
伝わるすべまでも破壊するから、
よしんばメディアを介したことであっても
極めて形骸的なことしか伝わってこないことに思い当たる。
8時ごろになるとさすがにおなかが空いてきたので、
会社の人たちとご飯を食べにでました。
男だけだと蕎麦屋とか牛丼屋の列に並ぶ
(徒歩帰宅者の腹ごしらえで需要で大混雑)という発想しか浮かばないのですが、
女性陣がいると、別の店選びがあって
目からうろこが落ちる。
さすがに電車も止まったことで
早めに店をしめるところも多かったのですが、
ビアホール(銀座ライオン)は開いていて。
炭水化物系のつまみを中心に注文。
帰宅のことを考えてアルコールは控えたけれど、
たっぷりのジンジャーエールに
唐揚げ、チキンライス、パスタ、ピザ・・。
暖かいものを食べながら、雑談をしていると
なにか妙に心が和む・・・。
隣の外人カップルが
大きな地震のあとでも
パニックにならずにいつもどおりに動いている日本を
称賛しているのが聞こえてくる。
津波の映像と目の前にある光景のギャップ、
運ばれていく大きなビールジョッキ。
いつもほどの喧騒はないけれど
ホールは明るい雰囲気に満たされていて
二つの現実が同居する時間にすこし戸惑う。
食事が一段落した時点で
会社の人がi-modeで銀座線が動き始めたことを確認、
やがて南北線や有楽町線も動き始めたので、
当日中の帰宅を決意しました。
ただ、電車が動き始めてからすぐだと混乱も大きいと考えて
店でゆっくりとして
一旦会社に戻る。
自分のオフィスは7Fにあるのですが、
エレベーターは当然に止まっていて
日頃の不摂生を呪いながらぜいぜいと階段を上がりました。
会社を出てから日が変わるまで
オフィスに戻ると、パソコンで
赤羽岩淵から自宅までのルートを再確認して・・・。
22時15分、同じ方向の方二人と一緒に会社を出る。
新橋の駅は改札制限などもなく、
スムーズにホームまで。
でも止まっている電車はとても乗れないほどに込み合っていて、
やむおえず次の電車を待つ人の列につく。
銀座線、15分に一本くらいの運転間隔だったと思います。
ただ、安全確認をとりながら一駅ずつ電車を動かしていくやり方なので、
駅での待ち時間が異様に長く、
新橋ー溜池山王の二駅にかなり時間がかかりました。
もっとも、駅員の方や車内放送が逐次状況を説明してくれるので
かかった時間ほどのストレスは感じなかったです。
溜池山王で乗換、南北線へ・・・。
こちらも非常に混んでいました。
途中駅からもたくさんの人が乗ってきて、
降りられなくなりそうな方もいて、
周りから
「降りる方がいます。」とか
「乗るのを待てください」とか
声が上がっていた。
込み合う電車特有の殺気立った感じもなかったわけではないのですが、
その一方で常ならぬ状況で帰宅するもの同士、
一つになる感じが車両の中にありました。
0時少し前に赤羽岩淵駅に到着。
大きな声で「降ります」と前の人に声をかけて下車。
一緒だった会社の2人のうちの1人とはここでお別れ。
駅のエスカレーターもしっかりと止まっていて、
混雑電車で疲れた体に鞭打って駅の階段を上がる・・。
電車の中が蒸し風呂のようだったこともあり
駅を出て、外の寒さに驚きました。
マフラーをしてコートのボタンを止める。
顔が冷たく感じる・・・。
ふっと、今、北の被災地の方が直面しているであろう
状況に心が痛む。
その中を途中の浮間舟渡在住の方に道案内をしてもらいながら
戸田橋を目指して歩き始めます。
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